◇「ジュリアの音信」から◇


※今までの断定口調を修正しました。もちろん長年の研究の結果、神様や霊界の存在は100%信じていますし、公言して、はばかりません。ですからその意味では断定口調のままでもよかったのかもしれませんけど、こんな未熟な魂の自分がエラソーに見えちゃうの恥ずかしいから、やっぱしここは分相応に、「〜らしいです」「〜だそうです」とかの、「〜って偉い人が言ってた」表現に変えています。上から目線とか教条的とかにだけは、絶対になりたくないので。

要するに、私は霊的真理を教える側じゃなくて、どこまでも「教わる側」のヒヨッコ魂なので、自戒を込めて、自分に強く言い聞かせるつもりで書いています。


「ジュリアの音信」から、霊的真理をピックアップしていきます。

霊の姿について。死んで肉体が滅び霊になったその体は、通常は20歳前後の青年の姿になるそうです。また必要がある場合や自分が望んだ場合、もっと若い時の姿になったり、更に幼少時代の姿になったり、別人のような姿に変身することができるそうです。私情をはさみますけど、これは個人的にとても嬉しいことです。

「人を裁くなかれ」という言葉について。「人を裁くなかれ」という言葉は真実らしいです。人間の本当の姿とは、外見的・肉体的な姿ではなく、精神だけなんですよね。霊の心がそのまま姿になる、これが人間の本当の姿なんだと思います。ですから外見的にどんなに悪人に見えたとしても、どんなに悪事を働いたとしても、問題になるのはその動機であり、その人の精神状態ということで。その本当の姿が解るまでは人を裁いてはいけない、ということです。

悲しみや苦しみについて。本当に心から神を信じていれば、悲しみや苦しみは存在せず、それらは全て喜びに変わるそうです。とはいってもこれは霊界に行ってから解ることでして、人間界に居る間は悲しみや苦しみをそのまま悪いことと捉えてしまいます。しかし、それはそれで大事なことで、なぜかというと悲しみや苦しみは魂の成長にとって必要不可欠なものだからだそうです。その時は確かに悲しい・苦しいと思っても、霊界に行って霊的な目で人生を振り返れば、悲しみや苦しみを与えてくださった神に感謝するようになるそうで。悲しいと思ったり苦しいと思ったりするのは、その人の神への信心が足りないから、ということらしいです。

神の愛の顕現について。たとえば一家を支えている父親が死んで、家族が貧困の中で喘いでいる時、そういう時こそ神の愛が顕現されるのだそうで。貧困は人間の精神を鍛え、愛の心を芽生えさせるそうです(逆効果でひねくれてしまうこともありますけど)。人間界での苦しみは永遠の霊的生活に比べれば、ほんの一時のことで、その一時は残酷なことに見えても、霊的な長い目で見れば、精神を鍛えさせるための神の愛の表れなんだそうです。

霊界での再会について。死んだ人が霊界に入って、先に死んだ人と再会する時、先に死んだほうの人は、相手が認識しやすいように、わざわざ死んだ当時の姿で現れるそうです。そして新米霊が霊界での生活に慣れてくると、姿を変えていた霊は本来の姿に戻るそうで。このように霊は、必要に応じて姿を自由に変えることができるらしいです。霊は画家や音楽家などの芸術家になれますけど、自分の姿かたちについても自由に変えられるという意味で芸術家としてのウデが発揮できるんだそうです。

霊界最大の真理について。霊界最大の真理は、神は愛であること、これに尽きるそうです。神は愛であり、愛は神ということで。私たちの心の中に愛が満ち溢れていれば、それは私たちの心の中に神の心が宿っていることになるらしいです。もちろん神は唯一絶対の存在ですから、実際に神が個人の中に存在するワケではありませんけど、愛の心を持つことによって神に近づくという意味らしいです。ちなみに私は、ジュリアの「神は愛、そして愛は神です。愛せよ、愛せよ、愛に生きよ」という言葉が好きです。ジュリアの言葉はキリスト教の影響をかなり受けていますけど、霊的真理としては正しいことを言っていると思います。要するに、人間界においても霊界においても、大切なのは「愛」であるということですね。もちろん他の書籍にも好きな言葉はたくさんありますけど、特にこのジュリアの言葉は簡潔明瞭で解りやすくて好きです。文体や雰囲気が柔らかいし、同じ女(?)としても共感できるので。

天国について。天国というのは、その人の心の状態のことを言うらしいです。ジュリアは、

「友よ、あなたがもし深い愛をお持ちになれば、その、あなたの居る所が天国です」

と言っています。シルバーバーチも「天国はその人の心の中にあるのです」という風に同じ意味のことを言っていますから、これが真実なのでしょうね。常に愛の気持ちを絶やさずにしていれば、心が天国状態になるということですね。個人的に、この霊的真理を自分に強く言い聞かせたいです。私は今まで四回ほど、この「心が天国状態」を体験したことがあります(「幼女化願望のためのお祈り」参照)けど、もっと体験できるように、もっともっと愛の心を持てるように、がんばらなくっちゃ。「愛こそは天国へのカギ」「愛こそ最強」で、これは最大の霊的真理だと思います。

霊の人格=霊格について。夢幻界の下のほうの界層の霊たちはそれほどでもないらしいんですけど、それより上の界層になればなるほど、その霊の人格が周りからあけすけに見えてしまうらしいです。隠し事など一切できず、その霊の性格・気性・精神的な特徴・愛の心の程度など、全てが周りに知られてしまうそうです。ですから、人間界でどんなに人格円満で高い地位に立っていた人も、その人格=霊格は隠せないのだそうで。人間界でどんなに偉かった人でも霊格が高くなければ何の意味もないらしいです。

現代人に必要なことについて。現代人に必要なことは、精神統一(瞑想)や祈りや静寂とのこと。これらの時間を作ることによって霊界への心の窓が少しずつ開かれ、霊的なレベルが上がっていくらしいです。ほとんどの現代人はあまりにも物質的なことに捕らわれすぎていて、日々をあくせくと過ごしすぎていて、精神を霊界に向けることが極端に少なくなってしまっていて、これでは霊界に行っても幸せにはなれないのだそうです。一日5分でもいいから、精神統一や祈りや静寂の時間を作るべきとジュリアは言っています

霊的自我について。人間の本体である霊的自我は永久に霊界にあって、その全てが人間界に生まれ出ることは絶対に無いのだそうで。自転車の車輪にたとえると、車軸の部分が自我の本体で、それは過去においても未来においてもずっと霊界にあるそうです。そして数あるスポークの部分が人間界に生まれ出た肉体にあたるのだそうで。

霊界での性別について。霊界に行っても霊的に男性な人は相変わらず男性霊のままで、霊的に女性な人は女性霊のままで、この性別の違いは霊界においても当分の間は続くようです。しかし、霊界の上の界層になればなるほど、霊的・精神的なことは別として、外見上の男女の性の違いというものは薄れていくらしいです。

 

おまけ。「ジュリアの音信」外見です。かなりのお気に入りなので、これだけ使い込んでます。え? タバコのヤニが汚い?(笑)


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