◇「日本編 - 死後世界地図」から◇


※今までの断定口調を修正しました。もちろん長年の研究の結果、神様や霊界の存在は100%信じていますし、公言して、はばかりません。ですからその意味では断定口調のままでもよかったのかもしれませんけど、こんな未熟な魂の自分がエラソーに見えちゃうの恥ずかしいから、やっぱしここは分相応に、「〜らしいです」「〜だそうです」とかの、「〜って偉い人が言ってた」表現に変えています。上から目線とか教条的とかにだけは、絶対になりたくないので。

要するに、私は霊的真理を教える側じゃなくて、どこまでも「教わる側」のヒヨッコ魂なので、自戒を込めて、自分に強く言い聞かせるつもりで書いています。


「日本編 - 死後世界地図」から、霊的真理をピックアップしていきます。

アセンションについて。よく混同する人が居ますけど、19世紀のイギリス発祥であるスピリチュアリズムではアセンション説は唱えていません。アセンション説は20世紀のアメリカ発祥のニューエイジという思想らしいです。スピリチュアリズムとニューエイジを勉強していると、その思想の大きな違いに気づきますし、両者は全く別の思想なんだそうです。

夢幻界について。夢幻界には人間界で残したことへの未練を抱いている人がたくさん居るので、未練界とも呼ばれるそうです。人間界への執着が強いので、生活も考え方も人間界と似通っているらしいです。

再生の終了について。「人間界で学ぶべきことは全て学んだ。もうやることは何もない」という、霊性の発達した人間は、二度と人間界への再生を命じられることは無いらしです。その後は霊界でのみ修行をしていくワケですね。

再生する天体について。再生する天体は地球だけではないそうです。前世が別の天体での人生だったり、今は地球に住んでいても来世が別の天体へ再生することになったり、そういう人は大勢居るんだそうです。

霊界での仕事について。霊界での仕事は、文学や芸術関係の仕事だけでなく、人間界に居る人間たちを助けることも仕事で、むしろそっちのほうが大事だったりするらしいです。どんな仕事にも「人を喜ばせる・人のために尽くす」という摂理による理由があるので当然なのでしょう。

霊の姿について。霊の姿は、思いがそのまま容姿になって現れるもので、やろうと思えば体の改造も服装の変更も一瞬でできるそうです。姿は意念のチカラで自由に変えられるらしく、これは個人的に非常に嬉しいです。

不自由と自由について。人間界で物質的なことにがんじがらめに縛られて不自由な思いをすること、そして霊界で自由になること、この二つを行ったり来たりしながら、人間はいろんな側面での考え方や価値観や霊的真理を学んでいくのだそうです。

臨死体験について。臨死体験の現象は、一部の科学者たちに言わせると「死の瞬間に脳から麻薬が出てそれが幻覚を見せるのだ」ということですけど、それだとおかしい面が多いらしいです。トンネル体験や光体験や記憶の鮮明さや死への恐怖が減ることなど、臨死体験をした人たちには共通点がたくさんあるらしいんですね。もし脳内麻薬が見せる幻覚だとしたら体験の内容は一人一人違ってくるハズなので、やはり臨死体験は本物の霊界での記憶と言っていいでしょう。

幽霊について。幽霊とは、死んだ人の残留思念らしいです。本人の霊はとっくに霊界に行って暮らしているらしいんですけど、何かの拍子に人間界での死んだ場所を思い出して、その思いが強くなった時に、残留思念として人間界の決まった場所に現れるのだそうです。

霊界での掟について。霊界での掟は「生きている人間たちを助けなければならない」というもので、これは人間界での法律など比較にならないほど厳しい掟らしいです。

人との出会いについて。人間界で人と出会うのは、あらかじめ決まっていることらしいです。しかし出会ったあとのことは運命論的ではなく、各人の自由意志に任されていて、努力次第でその出会いが良くも悪くもなるそうで。いい感情を持てば、その出会いは低級霊の介入を許さず、いい関係になるそうです。

霊の自己像について。霊は霊界で自分の客観的な自己像を見ることができるらしいです。自分の霊性に応じた姿を見て、「もっと霊的に美しくなりたい」と思って努力すれば、霊は自分の姿をどんどん変えていくことができるんだそうです。

お墓や仏壇について。お墓や仏壇は立派なものである必要は全く無いのだそうです。それどころか、ないならないで構わないらしいです。お墓や仏壇というのは人間界の人間が自己満足するために存在するのであって、死んだ本人にとっては何の意味もないらしいんですね。もし死んだ人が夢枕などに立って「立派なお墓や仏壇を作ってほしい」と言ってきても取り合わないこと、と本書には書かれています。その人の霊的な自覚が乏しいからそんなことを言うのであって、やがてその人もお墓や仏壇などという物質的なことより、もっと大切な霊的真理を知ることになるのでしょう。それが「人の役に立つ」ことなんだと個人的に思います。

絶望について。霊界の背後霊たちがいちばん困るのは、人間が絶望することらしいです。絶望していては霊界側も何もすることができないらしいです。本人に望みがない限り、霊界側ではどうにもならないらしいです。ですので絶望して「神様、助けてください」とお願いしてもムダで、自分で絶望を乗り越える強さが必要なんだそうです。

自殺について。自殺した人の霊は夢幻界の最下部で肉体的・精神的な苦痛を感じて、もがき苦しむらしいです。たとえば「自分の存在を無くしてしまいたい」と思って自殺しても、存在は無くならないそうです。霊は周りの環境や自分の姿をイメージ通りに形作ることはできても、存在を消すことはできないと言われているみたいです。

慈善活動について。ボランティアなどの慈善活動は、それを心からの喜びとしなければ意味がなく、ましてや「してやった」というおごった気持ちになってはいけないらしいです。その時点で自己満足になってしまうからで、これは考えてみれば当然のことでしょうね。

人の相違点について。霊界では、みんなそれぞれの人の相違点を見つけてそれを楽しむそうです。ですから外国人ともとても仲良くなり、お互いがお互いに双方の相違点を誉めて喜び合い、人種の違いなど関係なく、人類はみんな兄弟だということを心の底から感じるようになるんだそうです。


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