◇「霊の書」から◇


※今までの断定口調を修正しました。もちろん長年の研究の結果、神様や霊界の存在は100%信じていますし、公言して、はばかりません。ですからその意味では断定口調のままでもよかったのかもしれませんけど、こんな未熟な魂の自分がエラソーに見えちゃうの恥ずかしいから、やっぱしここは分相応に、「〜らしいです」「〜だそうです」とかの、「〜って偉い人が言ってた」表現に変えています。上から目線とか教条的とかにだけは、絶対になりたくないので。

要するに、私は霊的真理を教える側じゃなくて、どこまでも「教わる側」のヒヨッコ魂なので、自戒を込めて、自分に強く言い聞かせるつもりで書いています。


「霊の書」から、霊的真理をピックアップしていきます。原文はこちら

物質について。物質が宇宙の始まりから存在していたかについては、神のみぞ知るところだそうです。最初に霊界が作られたのは間違い無いんでしょうけど。

神の活動について。神は霊界や宇宙を創造した時から現在に至るまで、一瞬たりともその活動をやめたことは無いそうです。キリスト教では現代においては神の働きは停止していると説いているようですけど、それは大きな間違いなんだそうです。

物的宇宙について。霊界と同じく物的宇宙も神が創造したもので、永遠の過去から存在していたのではないそうです。

人類の発生について。人類の発生は地球上の何箇所もの地域において行われたそうで、一箇所ではないんだそうです。

知的生命体について。宇宙にある全ての天体上に知的生命体が存在するそうです。身近なところでは太陽系の天体の全てに知的生命体が存在しているそうです。町並みや暮らしぶりが見えないのは、同じ物質界にありながらも互いのバイブレーションが違うためらしいです。その知的生命体の形態は、私達人間が見たこともない姿をしているそうで、目や耳がない人類も存在するそうです。想像も付かないですよねー。

霊の創造について。霊界が創られた時から霊の創造は続けられていて、それは現在でも続いているそうです。新しい霊がどんどん作られているんだそうで、私も、あなたも、ひょっとしたら最近作られた霊かもしれないですね。

主要な世界について。宇宙の秩序から見て、人間界と霊界のどちらが主要な世界かと言われれば、間違いなく霊界が主要なんだそうです。霊界は他の何よりも先に存在していて、物的宇宙が消滅しても霊界は永遠に存在し続けるらしいです。これなら安心ですわ。

再生の場所について。霊は、地球だけでなく他の天体へと再生することも多いらしいです。また、今回初めて地球に再生してきた霊もたくさん居るらしいです。一つの天体で成し得なかったことを別の天体で成し得るためで、同じ天体に何度も再生するのは、環境や境遇を変えて新しいことを学んだり、カルマの清算をしたりするためらしいです。

低級霊の更生について。低級霊が自分の霊格の低さを自覚して更生したいと思うがために、霊性の高い親の元に生まれてくることがあるそうで、魂の成長の第一歩ですね。まさか私もその一人だったりして・・・ヤバイ。

再生の合間について。再生の合間は平均で400年くらいといわれていますけど、短いので2〜3時間長いので数千年と、実に様々なパターンがあって、その霊の事情に左右されるそうです。また、霊の事情によっては、人間界に再生しないで霊界でのみの修行を続けることを許されることもあるらしいですけど、これは霊界のほうがより効率的に修行できる方法があるからで、そのほうがその霊に向いていると判断された場合なんだそうです。

霊界での主従関係について。霊界においては霊格の高い人が決定的に上に立ち、霊格の低い人はそれに抵抗することはできないらしいです。この関係は絶対的な不可抗力といえるほどらしいです。

再生の体の条件について。再生する時には、自分の魂が宿る体を選ばせてもらうこともできるらしいですけど、体によって体験することや境遇が全く違ってくるので、体を一人で勝手に選ぶことは許されないんだそうです。できれば来世は女性に生まれたいんだけどなー。

再生での見送りの霊について。ある人が再生する時に、見送りに来てくれる親しい霊が居て、時には再生した後も背後霊となって付き添うことがあるそうです。夢の中でとても親しみを覚える人が出てくるのにその人には見覚えがないという場合は、その付き添いの霊であることが非常に多いらしいです。

霊から見た人間について。人間界において人間が完璧に秘密にしていることでも、霊には全てお見通しで、どんな小さなことでも隠せないそうで、100%筒抜けなんだそうです。こわーい。昔からの「神様が見ていらっしゃる」「お天道様に顔向けができない」とかいう言葉は本当みたいですね。

守護霊について。守護霊は人間の一つの人生だけでなく、死んだ後の霊界でも、時にはその次の再生人生でも付き添うことがあるそうです。

善行のチャンスについて。極端な利己主義者を除いて、善行のチャンスが与えられていない人は居ないそうです。善行というのは誰かに何かをあげるだけではなく、どんな形でもいいので人の役に立つことらしいです。これよーく肝に銘じておかなきゃ>自分

俗世から離れた人について。俗世から離れて一人で山の中などで瞑想三昧の日々を送っている人は、霊界ではあまり評価されなにいのだそうです。人間と接しないということは善行のチャンスもないからだそうです。悪いことをしなくても、他人への善行がないということ自体が悪なんだそうです。ただ稀にそういう人生を必要とする人も居るようですけど、それは本当に例外らしいです。私はよく「山にこもって修行したい」と冗談混じりに言うことがあるんですけど、冗談だけにしといたほうがいいみたいですね(笑)。

仕事の限度の目安について。人間界での仕事の限度の目安は、その人の体力の限界らしいです。自分の体力以上に仕事をしようとする人は大変苦しむことになりますけど、神はそれを人間の自由意志として許しているんだそうです。

苦難について。人間が出会う苦難は、魂の成長のために神が用意したものであって、自然な成り行きの苦難に限られるそうです。人間が自分の判断で自らに与える修行などは、人のために役立たない限り無意味なんだそうです。

死刑制度について。相当先のことですが、いつの日か必ず、死刑制度が人間界から無くなる日が来るそうです。人類全体がもっと霊性を高めて「人間が人間を裁くことは間違っている」という霊的真理に気づけば、遠い未来のハナシですが死刑制度は無くなるらしいです。

性別について。人間は再生する際に男女どちらの性別でも選ぶ権利があるそうですす。私みたいに霊的には女性的な霊であっても男性に生まれることを選んだり、その逆もあったり様々らしいです。

宿命について。宿命は物質的な範囲において、本人の意思ではどうにもならない、本人の意思とは無関係なことに限られているそうです。精神的なことについては本人の自由意志が入ってくるので宿命は絶対に無いそうです

敵への勝利について。イエスの言葉「汝の敵を愛せよ」の本当の意味は、敵を許し、悪感情に対して善意で返すことらしいです。その時その人は本当の意味で敵に勝利したことになるのだそうで、逆に同じ悪感情で返した場合は敵に負けたことになるのだそうです。

豊かな人について。よく人間はお金持ちで物質的に豊かな人を羨ましがりますが、本当の意味で豊かな人とは、必要最小限のものだけを手にして余分なものを欲しがらない人らしいです。

永遠の刑罰について。昔から言われてきた「霊界での永遠の刑罰」というのは全くの迷信なんだそうです。人間界や霊界に悪が存在する限りそれに対する罰も存在し続けるのは事実らしいですが、心の中の悪を消して心の底から悔い改めれば罰も直ちに消えるそうで、どんな悪人でも本当に悔い改めれば罰は消えるらしいですから、永遠の刑罰などというものは存在しないんだそうです


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