◇姫神の音楽との出会い◇


ピッコロへの想い」からの抜粋なので、既に「ピッコロへの想い」を読まれている人には申し訳ないのですが・・・

 

1994年からモダンピッコロYAMAHA YPC62でピッコロの世界に入り、ほぼ同時にオカリナ奏者の宗次郎の音楽を知り、YPC62で宗次郎の音楽を頻繁に吹いていました。
そして「ピッコロへの想い」の最初にも書いたようにアンブシュアがだんだん固くなって、泣く泣くピッコロを挫折したのが1996年の半ばあたり。

それから1〜2ヵ月後、カーラジオでなんとなく聴いていたNHK-FMの音楽番組で流れてきたのが姫神のデビュー曲「奥の細道」でした。
「奥の細道」は1981年に星吉昭さんが「姫神せんせいしょん」という名のユニットを組んでリリースした曲で、私はたまたま1996年になってから15年ほど前の姫神のデビュー曲を偶然聴いたことになります。
ピッコロ挫折の直後だというのに「奥の細道」から衝撃的な感動を受けました。松尾芭蕉のイメージからは想像も付かなかった軽快なジャジーなリズムに見事にシンセサイザーのフレーズがマッチングしていて、その当時の音楽評論家によれば

とのことで、私は「姫神の音楽は初めて聴いたけど、そういう表現の方法もあるんだな」と、いたく感心したものでした。それが姫神の音楽との衝撃的な出会いでした。デビュー曲のリリースから15年も経ってそのデビュー曲の魅力に憑り付かれて姫神の世界を初めて知ったのは非常に幸運だったと思います。

それから私は、挫折による放心状態にも関わらず、姫神のベストアルバムをすぐに購入して、連日聴きまくり、ピッコロが吹けなくなった切なさという心の大きな穴に姫神の斬新で静かな気持ちになれる音楽が染み渡り、それが更に姫神の音楽を好きになるきっかけになりました。そのベストアルバムがこれ「姫神SUPER BEST」です。

しかし皮肉なことに、このベストアルバム「姫神SUPER BEST」のジャケットに書かれていた評論文の中に

という一節が書かれていて、笛という言葉に非常にナーバスになっていた当時の心には悲しい一節にしか聞こえなかったものでした。
特に姫神の音楽に使われている笛の音は小さな横笛の音がとても多いので、悲しみも殊更でした。
だから姫神の音楽に陶酔する一方で
「できることなら、姫神の音楽をピッコロで吹きたかった・・・」
という気持ちも同時に湧いてきて、ピッコロへの喪失感も襲ってくるという、つらい毎日だったのです。

その2年後にティンホイッスルに出会って姫神や宗次郎の音楽を吹きまくるようになり、ある程度は心の傷は癒えたように思いますが、やはり心の底では「ピッコロで吹けたらどんなに幸せだろうか」という切ない思いが無意識下にありました。それを最近になってやっと思い出してきたところです。

逆に言えば、ピッコロ挫折があまりにも辛すぎる思い出だったゆえに、自分の精神への防衛本能が働いて、その思い出を心の奥底に無理やり封印して今まで忘れてしまっていたのだと思います。
それほどまでに、ピッコロを吹けなくなったことのショックは計り知れないほど大きく、それだけでひどい鬱になって1年以上寝たきりに近い廃人状態になっていたのですから、どれだけピッコロを心底愛していたかが自分でも痛いほどわかります。

だからこそ、2018年3月のピッコロ再開後は、悲しかった当時を取り戻すために冷静に慎重に頭をよーく使って練習方法を研究して、基礎練習だけを7ヶ月間も続けてきました。一日中考えを巡らせ、それこそ仕事中の時間も惜しんで研究と基礎練習に明け暮れた7ヶ月間でした。

本当のことを言うと、すぐにでも姫神や宗次郎の曲を吹きたかったのですが、まずは基礎の土台をしっかり固めておきたかったのです。そうしないと自分自身が不安になるので。
だから、ピッコロ再開から7ヶ月間は曲の練習は敢えて一切せずに基礎練習だけを毎日コツコツ辛抱強く続けてきました。
主に、世界的フルーティストの上野星矢さんからヒントを得た「超ロングトーン」でアンブシュアを安定させ、それでもそのアンブシュアが気に入らなかったら新しいアンブシュアを模索する、そんなトライ&エラーを毎日延々と繰り返してきました。
別に曲の練習をしても誰にも咎められないのですが、基礎が中途半端な状態で曲を吹くことは絶対にしたくなかったのです。
私の場合、笛の練習については自分に厳しすぎるくらいがちょうどいいし、自分自身もそれで納得して満足もしています。

そして結果的に7ヶ月間が過ぎた時点で、ようやく自分なりの理想的なアンブシュアを見つけ出し、「あとはこのアンブシュアをもっと煮詰めていけば良いだけの話だ。もう安心だ」という状態になって、本当にやっとこれで曲の練習ができるという状態にまでこぎ着けました。

だから姫神や宗次郎の曲をピッコロで吹き始めたのは本当につい最近なんですよ。だから、音は出るようになっても指のほうがまだまだ追いつきません。
しかしそんな指のことなどは全然大した問題ではないんですよね。指なんて後からいくらでも自然に回るようになってくることを、20年間のティンホイッスルの経験から知っているので。

もはや、私の楽器的未来には希望しかないと確信しています。

姫神の音楽は私の人生の羅針盤と言っても過言ではないでしょう。「奥の細道」を知ってから以後、それくらい姫神の音楽に惚れ込んでいます。
自然を題材にした音楽が一番好きですが、その中でも姫神の音楽は一番好きな音楽です。つまり全ての音楽の中で一番好きな音楽なのです。

YPC62時代にピッコロを挫折してから22年間の暗黒の期間を経て、今まさに状況が180度転換し、ピッコロで姫神の音楽を吹けるようになり、感涙を禁じ得ません。

だから今こそ、最高に幸せな思いを込めて言えます。


星吉昭さん時代の姫神のアルバム一覧やレビューは、こちらのサイトさんに非常に詳しく載せられています。ぜひご覧ください。

星吉昭さんが亡くなってからは、息子さんの星吉紀さんが「姫神」を受け継いで現在も活動されています。サイトはこちら

また、アシタツさんも姫神のファンです。ツイッターでは姫神のことでいろいろお世話になっています。
ツイッターでのアシタツさんとのやり取りを載せておきますが、私が「奥の細道」で姫神の音楽に出会った時のラジオ番組について詳しく教えていただきました。

---私---
サイトの姫神のページを初めてアップしたのですが、これ以上語るべきところってあると思います?
「ピッコロへの想い」から流用して所々加筆したものです。私としてはこれ以上書くことないと思っていますが、「姫神の音楽の魅力」みたいなページも書こうかな。

 

---アシタツさん---
コラム、読ませていただきました。
めあさんが姫神の音楽と出会い、大きな感銘を受けたことや、姫神作品を愛する気持ちがとてもよく伝わってくる、素敵なコラムだと思いますよ。
そして、めあさんが「奥の細道」を聴いたというNHKFMのラジオ番組、実は僕も聴いていました。
姫神の当時(1996年)の新作『風の縄文』のリリースに合わせて、姫神特集が組まれた番組で、服部克久さんがDJを担当されておられました。
たしか、1996年の9月頃だったと記憶しています。
FMでの姫神特集は珍しかったので、この時のラジオ放送はテープに録音して、何度も何度も聴き返しました。
「奥の細道」の他、「十三の春」(アルバム『東日流』より)、「杜」(アルバム『姫神』より)、
そして、アルバム『風の縄文』から「草原伝説」「風の大地」がオンエアされました。
参考になりましたら、幸いです。
「奥の細道」と「杜」の2曲は、めあさんがお持ちのベスト盤に収録されてますね。

 

---私---
素敵なコラムと言ってくださり、ありがとうございます。NHK-FMの番組、当時録音されたのですか。それは貴重な音源ですね。
そのような濃い内容だったことも初めて知りました。
1996年の9月だと、まさに同じ番組を聴いていたんですね。奇遇ですね。
参考にさせていただきます。感謝感激です。

 

---アシタツさん---
どういたしまして。

アシタツさん、貴重な情報、本当にありがとうございました。


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