◇論文調の自叙伝「ピッコロへの想い」◇


私が楽器を始めてから現在までの話を書いている、ただの自己満足なページですけど、気が向いたら暇つぶしがてらにでも読んでください。
ツイッターの自分のツイートや自分で自分宛に出したメール文章をコピペして、更にPCで編集&加筆した自叙伝(と言えるほど大仰なものではないけど)。
ピッコロを始めとするミニ横笛への愛情を思いつくままに随筆的な感覚で綴った「ミニ横笛コラム」みたいなもの、かなぁ・・・? 自分でもよくわかんない。
これを読めば、私が生まれて初めて楽器を買った時からの全ての楽器遍歴と、楽器について今までどんな紆余曲折があったのかが全てわかります。

下に行くほど新しいログ。


とっても長い紆余曲折の話

まだ楽器を始めていなかった1988年のある日、NHK-FMで流れていたフルートの曲のメロディに惚れて、曲名は今でも不明だがフルートの音色がとても好きになった。
しかし私にはフルートなんて難しくて吹けないという妙な諦めの気持ちがあり、1989年10月に生まれて初めて買った楽器はエレキギターだった。
CDを聴いてるだけではなく、何か自分で曲を弾いてみたいと思って始めたのだった。たぶん同じような動機で楽器を始めた人も多いだろう。

ギター初心者がイキナリ買ったのが、フェンダージャパンの白いストラトキャスターだった。6万円くらいだったかなー。
今思い返してみれば、もっと安いのでもよかったのにと思うのだが・・・。だって数年後にはやむなくギターをやめざるを得なかったのだから。その理由は追々書くとして・・・

とにかく最初に買った楽器ということで嬉しくて、毎日弾いていた。いや、弾くというよりは「弦をはじく」程度のレベルだった。それでも何ヶ月かすると、まぁなんとか指が動くようになって、指先の皮膚もだいぶ固くなってきて弦を押さえるのに苦労しなくてすむようになった。

その内に、何かコピーしてみようかと思うようになり、主にフュージョン系の曲をコピーし始めた。最初にやったのはリード部分で、メロディを演奏することを特に好んでいた。当時はギターに夢中だった。

で、リード部分だけではイケナイと思い、コードのストロークやアルペジオも練習した。最初は誰でもうまく弦を押さえられないものなのだろうが、私の場合はそれが極端に苦手というか、コードを押さえるのが苦痛で、すぐに手首が痛くなってしまう。最初は当然かもしれないが、何ヶ月かけて練習しても手首がすぐに痛くなって弦を押さえられなくなるという状態だった。
なんでかなーと不思議に思っていたのだが、ただ単に私の押え方が悪いんだろうと思って、当時はあまり気にしなかった。いろんな教則本を読んだりして押え方も勉強して練習したけど、痛くなる現象は一向に変わらず。

そんなこんなで年月が経ち、まだ症状が出るので、いくらなんでも変だと思うようになって、ふと医者に行って手首の状態を検査してもらったら、「シンジラレナーイ。カンベンしてよー」と思わせるような診断結果が出たのだった。
医者の診断によると、私の手首はスジが極端に痛んでいるとのこと。ギターみたいに手首に負担がかかる楽器はしないほうが無難だと言われたのだった。すぐさま私は切り替えして「これって今までギターの弦を変な押え方でやってきたせいでしょうかね?」ときいてみたが、医者の返事は「多分違うでしょう。この痛み方は普通じゃないですから」とのこと。

そんなに痛んでるのか。ってことはつまり、
私「あのー、じゃーひょっとして、今までギターの弦を押さえるのが痛くてたまらなかったのは、押え方が悪いとかの問題じゃない・・・と」
医者「痛かったのは楽器とは関係ないでしょう。他に、強く手首を痛めたような覚えはありませんか?」という返事だったのでした。

そう言われても、うーん、そういう覚えは・・・。あっ、そうだ。そういえばオートバイで転んで左手首をかなり痛めたことがあった。確か痛みがひくまで2ヶ月か3ヶ月くらいかかったっけ。それを医者に話すと・・・
医者「間違いなく、それが原因でしょうね。その事故の時には医者にかかられましたか?」
私「いえ、確か行きませんでした。痛かったけどちゃんと動かせたので、ついムリして、痛みがひくまでガマンしてました」
医者「その時に治療を受けていれば今回のような症状は出なかったかもしれませんが、今それを言っても始まらないので、とりあえずギターのような手首に負担がかかる楽器は、やめたほうがいいですよ。もっと痛めるかもしれませんから。この痛み方ですと手術で完全に治るかどうかも解りませんので、手術もお奨めはできないです」

・・・私はショックだった。医者もそれを察したのか、「でもその時に治療を受けていたとしても完治していたとは限らないですよ。オートバイ事故のようにかなり激しく痛めた場合は尚更です。治療を受けていたにせよ受けなかったにせよ、ギターを諦めるという今の結果は同じだったかもしれません」という言葉を返してくれたのが唯一の救いだった。

確かにそのとおりかもしれない。オートバイ事故は自業自得としても、手首をかなり痛めたのには違いないんだから。私はそう思って医者を後にしたのだった。

そうした事情でギターを諦めた1993年冬。

ギターを諦めて、それから数週間が過ぎ、私は途方に暮れていた。まいったなー、ってことは弦楽器全般がムリということになるんだろうなー。それよりも、自分がやりたい弦楽器ってギターしかなかったからなー。かといって楽器そのものを諦めるなんてことは到底ムリだ。そんな考えが巡っていた。既にそこまで音楽にどっぷりと浸かっていたので。

ふむ、じゃーここはスパッと頭を切り替えて、弦楽器以外の楽器を始めてみよう。それっきゃない。

そう思ったのはいいが、さーて、いざ探してみると何の楽器を始めるのか自分でも見当がつかない状態だった。
なんとなーく楽器屋を巡る時期が続いて、ただ漠然と考える日々が過ぎていき、だんだん焦りも感じていた頃、ひょんなキッカケで以前NHK-FMで聴いたフルートの音色のことを思い出し、やはりフルートを吹けるようになりたいと思い、東京都昭島市のYAMAHAショップに行き、生のフルート(モダンフルート)を見て、どの機種を買おうかと迷っていたら、フルートよりもかなり小さいピッコロという横笛があることを知り、とても可愛らしい笛で私の興味はピッコロに釘付けになった。

管楽器ならばギターほどには手首に負担がかからないハズだと思って楽器屋さんで相談して、先に書いた医者に電話をかけて相談と確認をして、ピッコロ程度のチカラのかかり具合ならば手首は大丈夫だという結論に達したのだった。
その日は取りあえずYAMAHAのフルート&ピッコロのカタログ(両方一緒に載っているカタログしかなかった)をもらって帰宅した。

楽器屋さんでYAMAHAのカタログを貰ってきた私は、早速どの機種にしようかと考えていた。高い機種はべらぼうに高い(数十万する機種も多い)し、それはとてもじゃないけど手が出ないので、グラナディラ製の中でもかなり安い機種を選んだ。

今度は昭島市ではなく東京都小金井市の宮地楽器Top Winds(管楽器専門店舗)さんまで出向いて注文し、注文して2週間くらい経ってから、入荷したとの連絡を受け、その翌日宮地楽器さんに寄って店頭で新品を購入。当時は新品でも135,000円で今よりもだいぶ安かった。
かなり遠い楽器屋さんだったので家に帰るまでに時間がかかったが、嬉しくて気にならなかった。たぶん今後は「笛」と名の付くものにのめり込んでいくんだろうなという予感がしていた。


当時のピッコロの手入れ用品

そんな経緯で1994年春、初めての管楽器を手に入れた。モダンピッコロのYAMAHA YPC62である。YAMAHAピッコロの中では下から2番目に安い機種だが、先にも書いたとおり全管グラナディラという木でできてるやつだ。
(メモ:グラナディラという木はアフリカン・ブラックウッドのことらしい。また、エボニーは黒檀(こくたん)のことらしい)

最初は同じYAMAHAでも最下機種のプラスチック管のYPC32にしようかと思ったがYPC32はデザイン面で気に入らず、よりストレート管に近いYPC62を選んだのだった。
できればつい最近(2018年春)知ったジュピター JPC1010E(旧名JPC305ES)や、ゲマインハート 4Wのような膨らみの無いジョイントのピッコロが良かったのだが当時は知らなかった。

手に入れた翌日から早速練習開始。まず何と言ってもアンブシュアをマスターせねばならない。フルートの教則本を事前に買っていたので、それを参考にしてアンブシュアを練習。
始めは誰でもすぐには音が出ないものなのだろうが、私の場合は割と早い時期に音が出たと思う。何せ毎日数時間かけてアンブシュアの練習をしてたので。

日増しにだんだん綺麗な音が出せるようになって、2オクターブ目や3オクターブ目まで出せるようになってからは、何か曲を演奏してみたいと思うようになった。これは自然な成り行きだろう。

ここで前回のギターの話になるが、ギターを諦める辺りの時期に偶然知ったのが、宗次郎の音楽だった。もう既に「大黄河」がヒットしてから数年経っていたので、世間のブームに乗って知ったのではなく、たまたまボーっと旅行関係の雑誌を読んでいたら、それにコンサートの紹介が載せられていて、「え? オカリナの奏者なんて居たの? へー、数年前にヒットを飛ばして地位を築いた奏者なのか。なんだか面白そう」というカンジで、じゃーアルバムを聴いてみようかという気になり、どのアルバムがいいのか解らなかったのでとりあえずベストアルバムを入手。んで聴いてみたら、ちょっとしたカルチャーショックを受け、一発で気に入ってしまった。

ピッコロの話に戻ろう。何かピッコロで演奏をと思った時、笛なので自然と宗次郎の音楽という図式ができていた。宗次郎はオカリナだけど、まーいいじゃん。オカリナで演奏しなきゃならないなんて決まりはないんだしさ。と、こういう風な考えは今でも変わっていない。始めから「この音楽にはこの楽器じゃないといけない」なんて決めるのはツマラナイと思うし、変な先入観や偏見を持たずに、できるだけ柔軟性をもって取り組みたいという考えなので。

宗次郎の曲を耳コピーして吹く日々が続き、それなりに充実していた。ピッコロもだいぶ手になじんできた頃、自分の中で、何か漠然とした感覚があった。「何かが違う」という感覚だ。違うっていうのは本当の違いじゃなくて、自分が本当に求めている管楽器は本当にこのYPC62のような形のピッコロなのだろうか? もっと、YPC62以上に好きになれる管楽器があるんじゃないか? ・・・という感覚だった。しかし、音色は綺麗に出せるし、好きな宗次郎を吹く日々がとりあえず続いていたので、まだ当時はそれほどの切迫感はなかったのだった。

そして思わぬ試練が・・・

この試練の時期は今でも忘れられない。

ある日、いつものように山に登り、ピッコロを吹こうとしたら、なんと音が全く出ない。これにはアセった。いくら息を吹き込んでも音が出ない。今までは何の問題もなく演奏ができていたのにも関わらず、ある日を境に音が出なくなってしまったのだった。

すぐに原因を考えた。楽器のタンポ(トーンホールを塞ぐための部品)が寿命で破損したために音が出ないのか、あるいはキーメカニズムそのものの故障か、はたまた頭管部の息の反射版の破損か、最悪の場合は木の管体が割れたのか・・・などなど、いろいろ考えた。結局、自分では原因がわからないので楽器屋さんに持って行き、なぜいきなりピッコロの音が出なくなったのかを尋ねて、楽器のどこかが壊れているのかということも当然調べてもらった。

しかし、調べてもらってもどこにも不具合は見つからず、あろうことか、楽器屋さんの店員さんが試しに息を吹き込んでみたら、なんということだ、ちゃんと音が出るじゃないのさ。そのすぐ後に私が吹いても音は出なかったのだった。つまり、私のアンブシュアに原因があったのだ。

こんなことってあるんだろうか。今まで問題なくできていたアンブシュアがいきなり崩れるなんて。でも現実に音が出ないのだから、事実は事実だ、素直に認めよう。要するにヘタになってしまったということだ。
それで、アンブシュアを矯正するにはどう練習し直したらいいのかということを考えて、いろいろ本も買い、また教則ビデオも買って勉強した。あと、鏡を見ながら自分の唇の形を確認してアンブシュアのどこが悪いのかを調べた。

アマチュア判断だけで練習するのも危ないので、ここはひとつ、プロのレッスンに通ってみようと思ったが受講料が高いので諦め、仕方なく独学を続けることにした。

それ以後もいろんな観点から研究しては練習、研究しては練習の繰り返し。それと同時に、長い間完璧だったアンブシュアがある日を境に突然崩れるなんていうことが本当にあるんだから、よほどの原因があるに違いないと思い、音が全く出なくなった当時の状況をいろいろと思い出してみたが、皆目見当も付かない状態だった。原因が解らないから焦る、焦るからリキむ、リキむから尚更綺麗な音が出にくくなる、という悪循環だった。

今こうして思い返してみると、もっと慎重に行動していればよかったものを、焦ったりするから余計に悪い結果にしかならないんだよなーとつくづく思う。でも当時はまだまだ精神的に余裕が無かったので、ただ焦るだけだった。

そして、焦って力み返ってムキになって息を吹き込んでいるうちに更にアンブシュアが固くなってしまい、1996年、ついに音自体が全く出なくなって撃沈。
ピッコロを諦めて、購入した宮地楽器さんに売却した。

無知ゆえの失敗だったとはいえ、この時の心の傷は本当に計り知れなく、一生忘れられない悲しい思い出となってしまう。
何せ、上手く吹けていた頃は、「この笛となら一生付き合っていける。それくらい大好きだ」と惚れ込んで生き甲斐にまでしていたのだから、その生き甲斐を失ってしまった心の傷と穴は想像以上のもので、半分寝たきり状態になっていたことさえあった。それくらいとんでもないショックを受けたのである。

 

ピッコロという生きがいを失って放心状態のまま、楽器そのものをやめるなんてできないと思い、次に手にしたのがハーモニカだった。トンボのブルースハープとクロマチックハーモニカだった。笛関係なんだからハーモニカはちょっと違うのではないかと思う人もいらっしゃるだろうが、自分としては、できるだけいろんな「息を使う楽器」を試してみたかったので。

値段はすごく安かったので、楽器屋さんで迷わず買うことができた。ブルースハープのキーはDとGmを1本ずつ、クロマチックは1本だけ買った。

ハーモニカをまず最初に選んだのは、どこにでも気楽に持って行ける・すぐに取り出して吹けるという理由からだった。持ち運びやすさは笛にも共通しているし、それに小さな楽器はなんとなく可愛いと思ったので。

ハーモニカを吹き始めてからは、それはそれで面白かったのだが、私にとっては、やはり「何かが違う」という印象だった。音色も綺麗だし小さいし、演奏もラクにできるのだけど、何か自分の好みとは違うような気がしていた。もっとも、買った時はそんな印象は受けず、実際にしばらくの期間吹いてみてから初めて感じることだった。

「うーーーん、やっぱり違うのかなー。他にもまだあるのかなー」という気持ちが湧いてきた。でもこの時点では、ちょっと経済的に苦しくて、他の楽器を買うほどの余裕が無かったのだった。それで仕方なく、しばらくの間ハーモニカを吹いていた。ビブラートやベンドなども覚えてみたが、やはりイマイチ好みじゃないという印象だった。

そうこうしている内に、だんだん漠然とした不安を感じるようになってきた。「やはりハーモニカはちょっと違ったか。それにしても、本当に安心できる楽器、しかも管楽器となると本当に見つけられるのだろうか」という不安が、いつも胸をよぎっていた。不安な日々が続き、やりきれない気持ちになって落ち込んでいたのだった。

不安がたくさん溜まってくるとストレスもたくさん溜まるもので、これはマズイなーと思いながらも、ジリジリと日々が過ぎていった。

 

そんなある日、音楽関係の雑誌のバンド募集覧で知り合いになっていた人から久しぶりに電話があった。ギターをやっていた頃に知り合った人なので、もうずいぶん連絡がなかったことになる。
その人が突然、私にドラムを叩いてくれないかと言ってきた。なんでも、今までやってきたバンドのドラマーが突然抜けてしまって困っているとのこと。

当時私はドラムなんて叩いたこともなかったし、スティックだって触ったこともなかった。スティックの握り方さえ知らない状態だった。そんな人間にイキナリ叩けなんて言われてもロクに叩けるわけがない。そう返事をしたのだが、がんばって練習してくれればいいから叩いてくれと言われ、結局私は生まれてこのかた触ったことも興味を示したこともなかったドラムという楽器を始めることになったのだった。

ここで、「ギターの件で手首を痛めたことが解ったから、ドラムのスティックみたいに手首に負担がかかる楽器は大丈夫なのか?」と思う人もいらっしゃるだろう。私も始める時は同じことを心配した。
そこで思い付いたのが、「皮手袋をしてスティックを握る」という方法。皮手袋を付けて叩くと、素手で叩く時よりも数段手首への負担が少なく、ほとんど手首にチカラを入れずにバンバン叩けるのだ。手首への心配はこれで解消した。正しい方法ではないのだろうけど、これも自分の手首を守るためですから仕方がないこと。


ドラムを叩く時に使ってる皮手袋

待ち合わせをして、あるスタジオに到着。そこには以前見たことのある顔ぶれも居たが、知らない顔触れも居た。ドラムのことは何にも知らないので、スティックの握り方から教わった。
幸いなことにそのメンバーのベーシストがドラムの叩き方を知っていたのでそのベーシストに教わったのだった。基本的な構え方やら何やら一通り教わって、さーイキナリ演奏ときたもんだ。ちょっと待って! つい30分くらい前に生まれて初めてスティックを握った人間にもう演奏を要求するか! しかもビートルズの曲をやるだって? 待ってよー、難しすぎるー!

なんて言葉をよそに演奏は始まってしまい、ちゃんと叩けるハズがなく、バスドラやハイハットなんてメチャクチャなタイミングで入れてしまったのだった。それでも曲が終わると、「飲み込みが早い。もっと練習すればウマくなるよ」とおだてられ、なしくずし的にそのバンドのドラマーになってしまった。こんなヘタクソでもいいんだろうかと思ったものだった。

今にして思えば、楽器探しをしていて見つからず、不安な日々を送っていた私にとっては、ドラムはいい出会いだったのかもしれない。気分転換させてくれるというか、不安な気持ちをスネアやタムやシンバルに叩き付けることによって、その暗い気持ちをふっ飛ばすような、そんな効果を与えてくれたような気がする。

個人的にやっていたのは相変わらずハーモニカだったが、その一方で、バンドのメンバーにまくしたてられドラムの猛練習に明け暮れる日々が続いた。リンゴ・スターのあのドラムをコピーせねばならないという強迫観念にも似た緊張感が、楽器が見つからないという不安な気持ちをどこかに消し去ってくれていたようだった。結果的には私にとって、不安な気持ちは消えるし、思いも寄らないドラムという楽器を覚えるという、プラスになった出来事だった。

ビートルズの曲を数曲覚え、それから今度はあろうことか、ベンチャーズのコピーまでバンドでやるというし。あのメル・テーラーのドラムをコピーしてくれというのだ。
メル・テーラーをご存知の人はおわかりだろう。ズンズン地響きするようなバスドラ、マシンガンのようなスティックさばき、その他とにかくドラムプレイの何もかもが、ものすごく速い。あれを私に再現しろというのだ。ちょっと待ってよーってカンジだった。

やはりそんな叫びは届かず、メル・テーラーのドラムも覚える羽目になってしまったのだった。しかし練習してある程度覚えてみるとこれが面白い。叩いててとにかく爽快なのだった。単調なパターンが多いが、オブリガードなどはとにかく速くてパワフルに叩かなきゃならないので、かなり気合いが入るのだ。ミスった時は悔しいが、うまくいった時はすごく爽快。練習の成果が顕著にダイレクトにプレイとして現れるので、その意味でも爽快だった。

こうして、プライベートでハーモニカを吹きながら楽器探しについて不安を感じていたものの、ドラムという意外な楽器のおかげで、その不安はだんだん心の奥底に隠れていったのだった。

ハーモニカを吹きながらドラムで気を紛らわす日々を送っていたものの、やはり心の奥底には不安があった。自分が求めている管楽器は一体何なのか、それが皆目見当も付かない状態で、暗中模索の不安な状態だった。

 

幸いにも経済的に余裕が出てきたので、さて次はどんな管楽器をやろうかと思っていたところ、某音楽雑誌の記事でサクソフォンを演奏している女の子がとてもカッコイイと思って、サクソフォンを始めてみようと思った。今考えれば安直だよなー。でも当時はピッコロを挫折した時の精神的ダメージが尾を引いていて、横笛は無理だと解っていたので、それならたて向きに構える管楽器でアンブシュアで苦労しない管楽器に絞るしかないなーと思っていたからだ。

最初は、たて笛ならリコーダーもいいかなと考えたのだが、どうも外見的にリコーダーは好きになれない。外見で楽器を決めるなんて邪道かもしれないが、外見の好みを楽器選びの基準にする人も中には居るだろうし・・・

そして買ったのはジュピターのブラス仕上げのソプラノ・サクソフォンだった。13万くらいしたかな。痛い出費だったなー。

それでもしばらくの間はサクソフォンの練習に明け暮れていた。特に高音部で綺麗な音が出た時は嬉しかった。バンドのメンバーに見せて、バンドの練習でもサクソフォンで参加していた。

それなりに充実した日々だった。しかし、やはり自分の中で「何かが違う」という気持ちが消えなかったのだった。

一体、具体的に私が求めている管楽器は、どんな種類の管楽器なのだろうか・・・という気持ちが強くなっていき、サクソフォンを始めてみて、それがますます解らなくなってきていたのだった。演奏テクは上達しても好きになれない楽器では本当の嬉しさは感じられないなと思うようになった。

それに始める前からわかっていたことだが、サクソフォンはキーメカニズムがあまりにも多くて、おまけに部品点数もかなり多くて、メンテナンスが大変。加えてなんといっても楽器が大きいので持ち運びが大変。私が好きなのはピッコロ並みに小さな管楽器なんだなーと認識したのだった。

しかし、それに該当する管楽器は見つけることができず、またまた焦りの気持ちが溜まっていった。

 

ここでちょっと視点を変えるというか、気分転換に、私の管楽器人生の原点である宗次郎に戻ってみようかと思うようになった。そうなのだ。宗次郎はオカリナ奏者だ。だからオカリナを始めてみようかなという気持ちになってきたのだった。元々オカリナはほとんど興味がなかった楽器だけど、とりあえず原点の宗次郎に戻ってみようと思った。

こんな状態だったのだから、私の楽器探しはまだまだ終わらずに、ここで一休みすることになった。

しかし、人間どこでどうなるかわからないもので、そのオカリナを始めたおかげで、自分が求めている管楽器の「具体的な条件」というものに気づくことができたのだった。

そう、サクソフォンの次に目を向けた楽器がオカリナだった。サクソフォンをやっていて逆に私は自分の求めている管楽器が何なのかがわからなくなって混乱していた状態だったのだが、そこで視点を変えて、好きな音楽のことを考えてみようと思ったのだった。

思い返してみれば私の管楽器人生の原点となったのは宗次郎だったのだ。私が宗次郎の音楽にすごーく魅了されているのは今でも変わっていない。自分でロゴを作ってバッグに貼るほどで。


現在も使っているミニショルダーバッグ

しかしオカリナ自体にはほとんど興味がなく、始める前から「これは自分の楽器探しの内には入らないな」とわかっていた。それでも原点である宗次郎にまず近づいてみようと思い、オカリナを始めることにした。

買ったのは、アケタのG管とナイトのC管。両方合わせて2万円を少し超えるくらいの出費だったかな。意外と高いのよねーオカリナって。やはりあの制作過程でかなり手間がかかっているからだろうな。

楽器として触れてみるのではなく、あくまで好きな音楽を奏でる手段として割り切ってしばらく吹いてみようと思ったのだった。つまり楽器探しは一休みということで。

さて、手にした楽器はオカリナ、そして演奏するのは宗次郎の音楽。大好きな音楽だからもうそりゃーもう吹きまくった。毎日何時間も延々と宗次郎の音楽をコピーし続ける日々で、運指は基本的なことは楽器に付属していた運指表を見たのだが、あとは完全に独学でいろいろ試したりした。そういう風にして月日が流れていった。

ここで、のちに私にとって非常に大事なテクニックの糧となる演奏方法をオカリナで編み出したのだ。それは半音運指のテクニックだ。
オカリナの基本通りのラクな(誰でも確実に半音を出せる)半音運指の方法はちゃんとあったのだが、私はあえてその基本に背き、指穴を半分だけ塞ぐという綱渡り的なワザを練習していた。指穴を押さえる方法も、基本は指のハラで押さえるものなのだが、私はあえて指先で押さえて指先に神経を集中させて、その塞ぎ加減を微調整しながら吹くという方法をとっていた。

なぜこのようなことを練習していたのかというと、正直なハナシ、オカリナの独特な運指を覚えるのがめんどくさかったのだ。以前やっていたピッコロやサクソフォンの運指を流用したくて、そうすると必然的に指穴を半分だけ塞ぐ方法をとらなければならなかった。ここら辺のことは言葉では説明しにくいので省くが、とにかく今までの運指を流用するとどうしても「指穴を半分だけ塞ぐ半音運指のテクニック」が必要だったのだ。

そのテクニックの練習も兼ねて、G管とC管だけでいろんなキーの宗次郎の音楽を吹いていた。

この時期あたりからちょうど私は@nifty(当時のNIFTY-SERVE)のパソコン通信を始めていて、音楽関係のフォーラムやパティオなどに出入りしていた。その中で宗次郎に関する部屋がまったくないということに気づいて、「なんでないの? それなら自分で宗次郎の話題をメインにした部屋を作ってやる」と思って、宗次郎の話題がメインのパティオ(個人経営の会議室みたいなもの)を開設したのだった。

宗次郎パティオには少数だったが会員さんが集まり、その中で自然とオカリナの話題も出てきて、ある人のご厚意で都内のオカリナ同好会に参加させていただくことになり、以後私はその同好会に数回通った。オカリナの先生がいらしてレッスン形式で行う同好会だった。

もうこの時点で私は自分の演奏スタイルが定着してしまっていたし、今更基本の運指を覚えるのも辛かったので、自己流で通した。同好会が終わった後の打ち上げも楽しく、知り合いも増えてそれなりに楽しい日々だった。

 

さて、この時点で私がオカリナで得たものはいろんな人との出会いと、そして自分の半音運指のテクニックだったのだが、実はもう一つ、オカリナは私にすごく大切なことを気付かせてくれたのだった。

それはある日の昼間に森の中で一人でオカリナを吹いていて、演奏の合間に一休みしていた時に気付いたことだったのだが、自分が本当に好きになれる楽器の「具体的な条件」だったのだ。

その具体的な条件とは、「できるだけシンプルな作りの笛」というものだ。

オカリナはかなり作りがシンプルな笛だと思うのだが、そのシンプルな作りの笛を吹いてる自分が居て、そしてその音に自分でも知らず知らずの内に引き込まれていったというカンジだった。私が管楽器に求めている条件は「とにかくできるだけシンプルな作りの笛」だと気付き、目からウロコが落ちた状態。

誰も居ない静かでのどかな昼間の森の中で、オカリナは私に「それ」を教えてくれたような気がした。

なんだか今思うと、誰も居ない森の中でふと気付くなんて、恥ずかしくなるくらいハマってる情景だったなー(笑)

それから私が「楽器探し」を再開したのは言うまでもない。できるだけシンプルな作りの笛という条件を元に、さてこれからどういう方法でどんな楽器を探してみようか・・・と、やや不安があったとはいえ何だか楽器探しの旅の出口が僅かに見えたような気がした。

 

自分が好きになれる管楽器の条件として、オカリナが気付かせてくれたことは、「できるだけシンプルな作りの笛」だったが、オカリナと同じくらいの時期に買ったのがウインドシンセのAKAI EWI3020という機種。T-SQUAREの管楽器奏者やマイケル・ブレッカーでお馴染みの電子楽器だ。電子式のサクソフォンといえば解りやすいだろうか。

ウインドシンセを買ったのは、夜間の練習用管楽器としてだった。昼間はオカリナを吹き、夜間は近所迷惑なのでウインドシンセにヘッドフォンを繋げて演奏していた。

「できるだけシンプルな作りの笛」を探している間、正直言ってすごく不安な気持ちだった。世界中の楽器から自分の好きなものを見つける、というのは雲を掴むような話だから不安になるのは当然で、そんな不安を紛らわすためにもウインドシンセはいい楽器だった。

個人的に笛探しをする傍ら、スタジオでもウインドシンセは大いに活躍した。当時組んでいたフュージョンバンドにウインドシンセで参加して、いろんな曲を演奏した。もっぱら指を速く動かして、ギターでいう「速弾き」と同じことをしていた。何せキーに触るだけで音が出るので速いパッセージを吹きやすい。16分音符、32分音符なんてのは序の口で、速い演奏にはウインドシンセはうってつけだった。それでうっぷんを晴らしてたという事実もあるが・・・

 

ここで突然開いた突破口があった。
当時は、まだニフティのパソコン通信をやっていた時期で、世界中の楽器を扱う会議室を探していたら、FWBEATというフォーラムの16番会議室「世界の楽器から/プレイヤーズWトーク」という会議室を見つけて、そこに常駐するようになっていた。世界中のいろんな楽器(主に民族楽器)を扱う会議室だったので、とても興味深かったのだ。

その頃の私は、ウインドシンセのサンプル音源に入っているオーボエの音色が気に入って、その流れでダブルリード楽器の音色に興味を持ち、一時はダブルリード楽器というのも笛探しの条件に入っていた。そこで、FWBEATの16番会議室に質問の書き込みをした。「世界中のダブルリード楽器は、どういうものがあるのでしょうか?」という具合に。そうしたら会議室の皆さんから温かいアドバイスのコメントをいただき、たくさんのダブルリード楽器があることを教えていただいた。

その時、ある人のコメントの、聞きなれない単語が目に入ってきた。

「ティンホイッスル」

ん? と思ってその人のコメントよく読んでみたら、ティンホイッスルのマウスピース部分を外して、管体にダブルリード楽器のリードを取りつけて、ティンホイッスルをダブルリード楽器として使えないか試行錯誤中、というような主旨のコメントだった。

ここで私が目を付けたのは、ダブルリード楽器にするということよりも、そもそも「ティンホイッスル」という楽器はどんな楽器なのだろうか、という点だった。早速その会議室の過去ログを「ティンホイッスル」で検索したら、だいぶシンプルな縦笛ということがわかり、しかもアンブシュアが全く必要ない、つまりピッコロでアンブシュアが崩れて挫折した時のような心配は皆無だということもわかり、私の興味はティンホイッスルという名前の笛に向けられたのだった。

そうなのだ。まったくの成り行きな流れだったにも関わらず、こんな所で、楽器探しの意外な突破口が突然開いたのだ。

当時、映画「タイタニック」が流行っていた時期だったが、私はその映画のことはまったく知らず、見たこともなかったので、映画「タイタニック」でこの笛を知ったのではない。

まだインターネットは始めていなかった頃だったので、どこかのサイトを見て画像などで確認するということはできず、それならば、実際に売っている店を探して現物を見ようと思った。この時点で私の胸の鼓動は激しく高まっていた。「一体、ティンホイッスルという笛は、どんな笛なんだろうか。早く現物を見たい!」という気持ちでいっぱいだった。

私は思い立ったらすぐ実行するタイプなので、翌日、忘れもしない1998年11月11日(水曜日)、近所にある大き目の楽器屋さんに行った。

いや、もちろん↓こんな女の子の姿で行ったんじゃないですよ(笑) 昔プライベートで描いていた、ティンホイッスルに出会った頃の漫画の一部を復活させてみました。セリフは一部消してあります。

その楽器屋さんはかつて私がウインドシンセを買ったお店だ。それでそこの店員さんに「ティンホイッスル」という笛を探していることを話した。そのお店には現物は置いていなかったのだが、とても親切な店員さんで、雑誌の広告に載っていた「ティンホイッスル」の写真を見せてくれた。

・・・私はその写真を見て、ものすごい衝撃を受けたのだった。

お店で見せてもらった「ティンホイッスル」と名前が添えられていた写真には、とても驚いた。あまり大きな写真ではなく細かい部分まではわかりにくかったが、全体的に見て「カッコイイ!! モロに好みの形じゃん!!」と直感した。とにかく何がなんでも実物を見たいと思った。

その写真広告が載っていた店名を改めて見ると、東京都の御茶ノ水「イシバシ楽器」と書いていた。その「イシバシ楽器」の電話番号を控えて、教えてもらった店員さんに深々とお礼を言い、私はとりあえず帰宅した。

そして自宅からその「イシバシ楽器」に電話で問い合わせてみて、どのような笛なのかをある程度教えてもらい、ますます興味が高まっていったた。扱っていたのはジェネレーションのニッケル管とブラス管で、色ではニッケル管が好みだった。

トーンホールを全部押さえてDの音が出る管はD管で、それがよく使われるキーの管だということはパソコン通信での予備知識で知っていたので、私は思わず、「明日買いに行きますから、D管のニッケル管を一本キープしておいてください!」と電話口で緊張気味に伝えた。

その瞬間、翌日のバイトはサボることに決めた。てやんでー、一日くらい構わないって。この大事な時にバイトなんかしてられますかって。

そして翌日、私は都内の御茶ノ水に向かって出かけて行ったのだった。それも始発電車ですよ始発電車。地元の駅から御茶ノ水までは1時間30分もあれば行けるし、お店は朝10:00からしか開いてないのに、何を血迷ったのか、私は朝5:00過ぎの始発電車で出かけたのだ、うはは。えーもう、前の夜も興奮してあまり眠れなかったし、いてもたってもいられなくなっていたんだもん。とにかく一刻も早く御茶ノ水に行きたかったんだもん。

思ったとおり、御茶ノ水に着いたのは朝6:30過ぎ。いやー、バカだねー。まだ開店まで3時間以上あるわ。

でもまぁ、これでとりあえず現地には着いて一安心。駅を出て歩き、お店の場所を確認したところ、あった、「イシバシ楽器 ロックサイド」。当然シャッターは閉まってるけど間違いなくここだ。
ちなみに当時イシバシ楽器はウインドパルではなく、ロックサイドという店舗でこの笛を扱っていた。

さーてと、あとはお店が開くまでゆっくりと時間を潰せばいいやと思って、早朝の御茶ノ水の街をぶらぶらと歩き回ったり、ミスタードーナツで2時間、喫茶店ルノアールで1時間ねばったりした。我ながら何やってんだか、意味ないよなー、バカだよなー、でもこうして待っている間も何だか楽しいような気分だわ。なーんてことを思ったりしていた。

さぁ時間だ、店のシャッターが開いた。私が本日のお客第一号だ。

店内に入り、置いてある楽器を一通り眺めてみると、レジの斜め上のほうに「ティンホイッスル」かと思われる笛が何本も吊るしてあった。私は店員さんに話し掛けて、キープしておいてもらった実物を手に取った。

うわあ〜〜〜〜〜〜!!

ものすごいインパクトだった。目の前で見るジェネレーションのニッケルD管。その軽さ、美しいストレートの管体、何よりも極めてシンプルな作りに驚いた。ホントだ、指穴が6個しかないじゃん。管体の裏側は何もないじゃん。すっごいシンプル。信じらんない! ひゃー! もう一目ぼれ!


ジェネレーションのニッケルD管

で、今度はどういうカンジの音が出るのか気になって、「試しに吹いてみてもいいでしょうか?」と店員さんに尋ねたところ、「いえ、口につけるものですから吹くのでしたら買っていただかないと・・・」と言われた。アタリマエだよなー。たぶんその時の私はよっぽど舞い上がっていたのだろう。

すぐに会計を済ませて、早速その場で自分のオリジナル曲や、その他いろいろな曲を吹いてみた。

管楽器の経験を積んできて息使いのコントロールに慣れていたおかげで、1オクターブ目と2オクターブ目の出し方はすぐにコツが掴めて、おまけに3オクターブ目まで出せちゃったよ。思ったとおり、アンブシュアが全く要らない。オカリナやリコーダーと同じ安心感で吹ける=吹けば必ず音が出る、ということを体感したので、嬉しさと同時に多大なる安心感もやってきたのだった。

 

余談の笑い話だが、ティンホイッスルのことを何も知らなかった最初は、「ティンホイッスルでもC管にしよう」と思っていた。でも、よーく考えたら、最初に始めた管楽器のピッコロで、右手薬指を押さえた時がD、中指でE、左手薬指でG、中指でA、人差し指でBと、最初にそう覚えていたし、オカリナの時も同じ運指をしたいという理由でC管しか使わなかったし、で、いざティンホイッスルを買おうという時に、
「あれ? 変だぞ? まてよ? C管のティンホイッスルだと、今までの運指が流用できなくなる。そっか全音分間違えてた。ピッコロからの運指を流用できるティンホイッスルはD管だわ。私大ボケ」
と気づいたのだった。
で、最初はC管を買ったものの、追加で慌ててD管も買ったという次第だった。いやホントに最初は何も知らなかったので(笑)

そうなのだ。管楽器の何たるかもわからなかった時代に、ただ外見が可愛らしくて音色も好きだからという理由でピッコロを始めて、それでフルートのことも知って、ピッコロはフルートの持ち替え楽器で最低音のCがあるのと無いのとを除けば運指は同じということを知って、運指がそれらの運指(先述の指と絶対音との関係)にすっかり慣れちゃって、後から始めた管楽器にも「運指を流用したほうがラクだから」という怠け者の理由でキーを選んで、その運指の流れでティンホイッスルはD管を選んで、後になってから「ティンホイッスルにはいろいろキーがあるけど、D管が一般的」ということを知って、やっと「そうか、そういうことか」と納得してという、全くもって知識を得る順序がアベコベだった(笑) 我ながら何やってんだか。まぁ結果的には一般的なD管に落ち着いたからいいんだけど。

 

ティンホイッスルをリュックに大事にしまい、お店を出て、御茶ノ水から家まで帰る途中の私は、なんともいえない満足感と達成感と開放感でいっぱいだった。
遂に自分が好きになれる「極めてシンプルな笛」を見つけた。手に入れた。演奏もすぐにできたし、少なくともピッコロの時のようにアンブシュアで苦しむという心配は、この笛では皆無だ。外見やシンプルさや音色や演奏性、何もかもが気に入って、何もかもが安心できる、こういう笛を探していたんだよ。こんな笛があったなんて・・・

生きてきてこれほど感動的な出会いをしたのは、滅多にない。理想の笛に出会うまであと何年かかるのか、それよりもあと何年生きられるのか・・・などと思った時もあったりもしたが、当時はそれだけ落ち込んでいたのだろう。

なのでこの出会いは喜びもひとしおで、あまりに嬉しかったせいか、御茶ノ水から家まで帰る時の風景は殆ど覚えていない(笑)

こうして、楽器を始めてからというもの、何度も挫折を経験したけど、年月をかけてやっとの思いで「自分が一番好きになれる笛」を見つけたのだった。挫折しても一生懸命がんばったけど、それでもダメで絶望して放心状態の日々が続き、気持ち的には放浪生活を送っていたところで、突然突破口が開けてティンホイッスルに出会えたのだった。今と比べると当時はまだまだネット上では楽器の情報が非常に少なく、ティンホイッスルの存在を知るまでに年月がかかってしまったけど、だからこそ出会えた時の感激もひとしおだった。それでティンホイッスルに対する今の只ならぬ思い入れがあるのだろう。

仮に今「楽器探し」を始めていたとしたら、割とすぐにティンホイッスルの存在を知ることができたのだろうが、それだとありがたみがなくなっちゃうというか、苦労して見つけたからこそ嬉しさも何倍にもなるというもので。でも、「諦めないで苦労してがんばった私偉い。すごい」なんていう気持ちはカケラもなく、ただただ出会いに感謝しているだけだ。

それで、「こんなに素晴らしい笛なんだから、ぜひネットの皆さんにも知っていただきたい。一人でも多くの人にティンホイッスルの存在を伝えたい」と思って、ティンホイッスルの情報サイトを始めたのが2001年3月13日。

くどいようだが、ピッコロで音が出なくなったことへのショックが当時大変大きく、生きがいをなくして精神的にも肉体的にも廃人同様になり、絶望的な日々を送っていた身としては、「簡単に音が出ることのありがたさ」を本当に身に染みて感じていた。しかもそれがティンホイッスルという、外見・吹きやすさ・音色・手軽さ・耐久性など、全ての面において気に入る笛だということは、これ以上の救いは無いくらい嬉しいことだった。ティンホイッスルに初めて出会った時のあの衝撃的な感動を、いつまでも忘れないでいたい。

それにしても、モダンピッコロを挫折して別れを告げ、いろんな吹奏楽器を経て、巡り巡って最後にピッコロと同じ音域で同じくらいの長さ・小ささの笛ティンホイッスルと結ばれるなんて、当時はなんだか不思議な運命を感じた。別れを告げたピッコロが縦笛ティンホイッスルになって生まれ変わってきて巡り合ったような気さえした。ロマンチックだ・・・

 

思い返してみれば、最初に行った近所の楽器屋さんの店員さん、親切に教えていただいて感謝しています。

そして何よりも、ニフティのFWBEATというフォーラムの16番会議室の存在には、言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいです。あの時16番会議室でお世話になった方々、この場を借りて、心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。あの会議室は私の笛人生のターニング・ポイントでした。


2018/04/19

先述のとおり、最初はジェネレーションしか見つからなかったのだが、やがてインターネットを始めてエルダリーのサイトでチーフテンを知り買ったのが2000年。
そして2001年にオーバートン(現ゴールディ)に惚れ、注文から2ヶ月待って無事に入手する。

その後2003年にサイトつながりでディクソンDX001Dを知り、指穴の押さえやすさとデザインが気に入ってハマる。「キーレス管楽器は難しいけど完全なストレート管で最高!」となる。
その後なぜか2chがきっかけで2008年にディクソンSVの存在を知り、良い意味で完全に狂う。

高速道路のガード下で姫神の「帰らぬ日々」をディクソンSVで吹いていて、原曲本来の低い音域で原曲のキーFmのままで吹きたくなる。
ローホイッスルも考えたが自分には難しすぎると思い、以前からやってみたかったモダンフルートに興味が行った。
だがいきなりモダンフルートを買ってしまって万一挫折したらお金が勿体無い(笑)ので、アンブシュアの基礎練習のためと割り切って、手始めにディクソンの一番安い総プラスチック製のアイリッシュフルートTB021を購入して、プライベート練習のみならず仕事中のサボ練でも毎日研究と練習を重ねる日々が続いた。

今度は音が出なくても焦らず冷静に「なぜ音が出ないのか。出てもカスれているのはなぜか」をよく考えるようになり、理想のアパチュアを作るためのアンブシュアを真面目に研究する毎日が始まる。
そしてアイリッシュフルートで割と音を出せるようになってアンブシュアの自信が付いてきて、今度こそモダンフルートを始めてみようと思い、Nuvo Student FluteYAMAHA YFL211S2GUO ToccoGUO New Voice Fluteなどの様々なモダンフルートを購入し続け、モダンフルートもだいぶ吹けるようになった。

そして、2018年の3月初頭辺りに、ふっと「正しい練習をし直せばピッコロのような小さい横笛もまた昔のように吹けるようになるのではないか」という欲が出てきて、「フルートに比べたらピッコロはアンブシュアがかなりシビアだけど、やってみよう!」と決意して、まずはピッコロのアンブシュアの基礎練習用にNuvo tootを購入。
音が出せるようになって調子に乗って一週間後にはディクソンピッコロファイフを購入。
吹く時に唇が力んでしまう癖が、22年経ってようやく抜けた。
1オクターブ目も2オクターブ目もだいぶ綺麗に鳴らせるようになってきた。
YPC62へのリベンジ心がメラメラと出てきて「どのモダンピッコロを買おうか」と迷っていた日々は浮き足立っており、地に足が着いていなかった。何かを忘れてるぞ自分。

・・・・・・思い出した!!

愛用してきたティンホイッスルのディクソンSVのような完全円筒形デザインのキーレスピッコロ!! それこそが正に私の望んでいたピッコロの理想像だったのだ。
モダンピッコロをやっていた時のデザインへの物足りなさは、それだったんだ。本当は円筒形・水道管シルエットのキーレスピッコロが欲しかったんだ。

でも当時はキーレスだと私には半音を出すことができなかったから楽なフルキーメカニズムのモダンピッコロにしたけど、長年ティンホイッスルで鍛えた半ずらしテクを生かせば、今ならキーレスでも12音階吹ける!
うおお!

イケル! イケルぜ! で、そーゆうちっちゃい横笛、世界中のどっかにないの? きっと私の好みに合うピッタリの運命の人(笛)が・・・

二週間ググりまくる。あった。
水道管シルエットのちっちゃい横笛。YPC62を吹き始めてから24年間無意識に望んでいた横笛の理想の造形とデザインは、これだ!
(それがどのメーカーのピッコロなのかは後になって出てくるので、この時点では内緒にしておくことにする)
24年前から無意識に抱いていた願望にたった今気付いて目からウロコが落ち、感慨に浸っている。

結論を先に言ってしまえば、私が求めていた楽器は、アイリッシュピッコロだったのだ。
ただ、ここが重要なのだが、思い返してみれば、ティンホイッスルに出会えてからちょうど20年間吹いてきて、ティンホイッスルというアイリッシュ笛の繋がりでアイリッシュピッコロの存在を知ることができた。
だから、ティンホイッスルに出会えていなかったらアイリッシュピッコロを知ることは一生なかったかもしれない。
だから尚更ティンホイッスルの存在には感謝したい。それにティンホイッスルは楽器単体としても、昔と変わらず今でも大好きだからだ。

今だからやっとわかったことだが、どうやら私は、笛の構える向きや外見上のデザインや指穴の数という意味で、横笛、特にアイリッシュピッコロが最も理想の笛だということに気付いた。
モダンピッコロのYPC62を吹いていた時代は、アイリッシュピッコロほどには愛着が湧かなかったからだ。これも今だからわかったことだし当時はそんなことを知る由もなかった。アイリッシュピッコロの存在自体を知らなかったのだから知る由がないのも当たり前だw

モダンピッコロから始まりティンホイッスルを経て最終的にファイフやアイリッシュピッコロに出会い、「アイリッシュピッコロこそ自分が求めていた理想の楽器だ」という気持ちに落ち着いた感が、今とても強い。
これ以上好きになれる笛は今のところは見つかっていない。

なのでおそらく、上記の経緯を経てアイリッシュピッコロに出会うことも全て巡り合わせであり運命だったのかもしれない。だとすれば、なんというドラマチックな回り道だったのだろうか。

自分で掴み取った幸福とはいえ、後ろにいる「見えない存在」からの強い強い働きかけがあったのは間違いないだろう。たとえ物質的な幸福であっても、それがきっかけで今後を生きる活力を得たのだから、ただただ感謝である。生きる活力が湧いてこなければ精神の修行など、できるわけがないからだ。
まず体ありき、そして活力ありきで、そこで初めて心の修行をがんばれるというものだろう。少なくとも私はそのタイプ。

ちょっと我ながら詭弁に聞こえるけどまーいいw

たぶん潜在意識レベルでは、もう一度ピッコロを吹けるようになりたい、という気持ちがあったのだと思う。YPC62事件があまりにもトラウマになっていて、もう一生ピッコロはおろかどんな横笛でさえも永遠に吹けないと思い込んでしまっていて、ピッコロやファイフへの憧れを心の奥底に封印していたのだろう。
でも今は安心のホイッスル保険があるから、しかもディクソンSVという最高にお気に入りの縦笛があるから、それを逃げ場にして心の支えにしながら安心してピッコロの練習をがんばれるのだ。

最高の縦笛は既に手に入れた。今度は最高の横笛を楽器本体だけでなく演奏技術も手に入れるぞ。

この自分に酔いまくりの笛吹き精神歴史、そのうちサイトにまとめたい。(まとめた)

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その後研究と練習をしまくった結果、現在でのピッコロやファイフの腕前は、低い音から順に、1オクターブ目は完全に一発で出せるようになり、2オクターブ目の真ん中のGの音までもほぼ一発で出せるようになり、そこから上の2オクターブ目のハイエンドのC♯までは80%くらいの確率で出せるようになっているほど上達してきている。音が全く1つも出なかった22年前に比べたら信じられないことだし、自分でもかなり驚いている。
今までは「みんなピッコロの音を出せてスゲー!」と思ってきたが、「わ・・・私もスゲー!」となっているところだ。

22年ぶりに吹きこなせるようになってきているし、少しずつ上達もし続けている。これは挫折した当時から失われた22年間を今になってどんどん取り戻しているわけである。
時折一時的に上達が止まることもあるが、今までスマホやPCや紙にメモしておいた自分なりのアンブシュアのノウハウのデータがしっかり残っているので、それを元に基礎練習さえ毎日やっていれば下手になることはありえないし、事実、最低限の基礎レベルの腕前は維持できている。それだけでも充分な安心感である。これは本当に天にも昇る気持ちだ。

「イニシャルD」の藤原拓海のセリフをパロって
この笛の吹き方・・・・・・わかったぜオヤジ!!


(心は20歳女/時々4歳幼女だからオヤジじゃないもーん)

一人ボケツッコミwww

 

楽器による心の傷は楽器で癒やすのが一番だし、ピッコロによる心の傷はピッコロで癒やすのが一番なのだ。
私はピッコロという昔の生き甲斐を、ほぼ完全に取り戻しつつある。これ以上の感激と幸せがあるだろうか。

今回得た大きな教訓。

練習よりも先に、まず「なぜ上手くできないのか」を研究して熟考して、ある程度の解決策を見出してから、その研究データに基づいた練習をしなければ決して上達はしないし、最悪の場合は22年前の私のように焦って力み返ってムキになって闇雲に息を吹き込み続けることにより下手になってしまって最終的には挫折しかねない。

練習よりも遥かに大事なのは、冷静になって「なぜ上手くできないのか」の研究と熟考と解決策の発見をする努力である。体よりも、とにかく頭を使いまくり知恵を絞りまくることが何よりも重要だ。
これは自分自身への厳しい戒めの言葉である。あの時の絶望など二度と味わいたくはないからだ。

同じく「イニシャルD」で、作戦を全く考えなかったことが原因でバトルに負けた岩城清次に向けてリーダーの須藤京一が言った言葉
いろは坂のサルじゃねぇんだから、ちったァ頭使えよ
が、まるで22年前の、全く頭を使っていなかった私自身に向けられた言葉のようにも思えた。というか自分で向けた。

今度こそ、どんなことがあってもピッコロを一生続けるぞ。
今まで心の奥底に封印して強引に忘れていたとはいえ、「世界一好きな楽器だ」ということを思い出したのだから。

心の奥底に封印していた22年間の想いが、今になってドーッと湧き出てきて感激が止まらず、仕事で疲れ果てていた心がどんどん癒やされ、生きる気力がムクムクと湧いてきている昨今だ。


2018/04/21

それにしても、アイリッシュ音楽やアメリカの鼓笛隊は別として、クラシック音楽のオーケストラでは「ピッコロはあくまでもフルートの持ち替え楽器に過ぎない」という位置付けらしい。
ところが私の場合は、まずメイン楽器がピッコロであり、フルートは低音用の持ち替え楽器という感覚が強いのだ。
別にフルートを片手間楽器として見ているのではない。そんな気持ちは毛頭なく、ホイッスルで言えば、高音域の目立つティンホイッスルがピッコロと同じ立ち位置にあり、縁の下の力持ち的な渋い印象のローホイッスルがフルートを連想させ、それぞれに代えがたい特有の魅力があるという考えだ。
くしくも担当する音域がそれぞれほぼ同じであるから、自分で言うのもおこがましいが、とてもわかりやすい。

アイリッシュ音楽のことは全くわからないのだが、その界隈ではティンホイッスルもローホイッスルもどちらも主役であり、どちらがメイン楽器かという観念は無いらしい。
アイリッシュ音楽では昔は高音域の担当はアイリッシュピッコロだったらしいのだが、それが時代の流れでティンホイッスルに取って代わられたという話を聞いたことがある。
だから現代ではティンホイッスルはメーカーも機種も実に数多く存在しているが、アイリッシュピッコロとなるとメーカーも機種も極端に選択肢が限られてしまうほど少ないらしく、事実その通りである。
この現象はピッコロ愛好家の私個人的には大変残念なことだ。

ティンホイッスルもローホイッスルもアイリッシュフルートも、アイリッシュのセッションでは皆同じくらい大活躍しているにも関わらず、アイリッシュピッコロだけが廃れてゆく・・・それが本当ならば実に寂しいことこの上ないではないか。

モダンピッコロなら、どれを選べばいいのかわからない嬉しい悩みを抱えるほど選択肢が実に多いが、キーレスピッコロとなると今言ったように本当に僅かな選択肢しかないのが現状だ。
モダンとキーレス、それぞれ活躍する音楽場面が違うのだから、音楽世界の事情に準じて流行るのも廃れるのも致し方ないことなのだろう。
それはそれで時代の流れとして受け入れるしかないことも充分理解している。

ちなみに日本ではファイフ人口が激減しているらしい。これは少し事情が違うそうで、ファイフは昔は学校の授業で使われていたが音を出すこと自体が子供には難しく、
音量縛りの制約があるとはいえリコーダーのほうが子供でも練習しなくても音自体は簡単に出せるために、学校で使われ出したからであるらしい。

しかしそれでも、いつか近い将来、アイリッシュピッコロもファイフも再び需要が増えて、たくさんの機種が世に出回るようになってほしいものだ。
そうでないと、せっかく昔は高音域担当のメイン楽器として大活躍していたアイリッシュピッコロやファイフなどのキーレス・ミニ横笛たちがかわいそうである。

モダンピッコロもアイリッシュピッコロもファイフも同等に扱ってもらえる、そして同等の需要がある、そんな時代がやってくることを切に願ってやまない。


2018/04/23

まだ入荷待ちなのだが、日々の手入れを欠かさずしたいほど大切な、大本命といえるフル・オーダーメイドのアイリッシュピッコロが1本ある。

大本命はそれでよしとして、仕事に持って行く(つまり万一盗まれたりしてもすぐに代わりを買える量産品の安い)ミニ横笛は何にしようかと考えてみた。
YAMAHAのファイフが2本(うち1本は改造用)あり、Aulosのファイフが1本ある。どちらも気軽に扱える総プラスチック製だ。

そしてディクソンのアイリッシュピッコロが1本ある。
しかしディクソンは歌口周りにあるリッププレートの独特の形状のためなのか他に原因があるのかは今後調べて解明していかないとわからないが、私にはなかなか綺麗な音を出しにくい。
私は頭部管をやや手前に回して吹かないとうまく音が出ないので頭部管が回せるチューナブルなDX015DとかDX016Dがいいとは思うし、ディクソンはティンホイッスルにおいても大好きなメーカーなので、できればディクソンのアイリッシュピッコロも増やしたいのだが、上記のリッププレートの形状のためにディクソンのピッコロは自分には向いていないのではないかと思うと、追加購入をためらってしまう。

モルノーの金色リングのBb管ファイフも候補には挙がっていたし、Coopermanの樹脂製のBb管ファイフもいいなと一瞬思ったのだが、それぞれデザインやキーや材質や、頭部管を手前に回せないことなどの関係で購入は早々に見送った。

APMアメリカンファイフ(金属製のC管ファイフ)も魅力的なのだが、全管一体型ゆえに頭部管だけを回して歌口を手前に持ってくることができないため、これもやはり購入を見送った。篠笛やクリスタルピッコロも同様の理由で購入は見送ろうと思う。

頭部管を手前に回して吹かないと綺麗な音を出せないので、ノンチューナブルの一体型だと私の場合は困る。我ながら困ったものだ。(シャレ?)

まぁ、仕事中は時間の都合もあって基礎練習しかしないのであるから、YAMAHAとAulosのファイフだけで充分のような気もする。

しかし、さすがに仕事には持って行かないとはいえ、趣味用のモダンピッコロを1本欲しいとまで思えてしまうのだから、ミニ横笛の持つ魔力は恐ろしい。
既に立派なミニ横笛狂だ。いいじゃないか、もっと狂おう。


2018/05/11

これが現在所有しているミニ横笛だ。

上から、
YAMAHAファイフYRF21が二本(一本は改造用)、AulosファイフC21、Tony DixonアイリッシュピッコロDXTradPである。

そして、今回オークションで落札したs.m JAPAN製のフォークピッコロ(folk piccolo)商品名コンサイスピッコロ(concise piccolo)が届いた。40年くらい前に日本木管楽器という会社が設計・企画・監修して興野製作所という工場が製造していたらしい。そんなの知らなかったわ。

そして更にあと少し待てば、大本命のフル・オーダーメイドのアイリッシュピッコロが届く予定だ。本当に楽しみだ。


2018/05/14

キーレスのミニ横笛が最も好きという自分の潜在的な嗜好に気づき、最終的にアイリッシュピッコロへの憧憬に目覚めたわけだが、
仕事中の練習用のファイフはともかく、次なる趣味用(プライベートでの練習用)のミニ横笛はどうしようかと考えてみた。

キーレス好きなのだからハミルトンのキーレス版やモルノーなど他メーカーのアイリッシュピッコロもいいなと思いながら仕事中にヤマハのファイフでサボ練をしていて、ふと気付いたというか、ひらめいたこと。

ちょっと待って? まだ笛職人さんが製作中で入荷待ちとはいえ大本命のアイリッシュピッコロがもうあるのだから、逆転の発想で、大本命アイリッシュピッコロの美しさを際立たせるためにあえて正反対の性質のピッコロを1本だけ所有するのはどうだろう?
つまり、管体全体が水道管シルエットではなく色も黒ではなく材質も木ではなく、そして何よりもキーが付いている、そんなピッコロ。要するに、カラーリングが黒以外の、木以外で出来たモダンピッコロのことである。

良い言い方をすれば、大本命アイリッシュピッコロとモダンピッコロそれぞれの個性を認め、モダンピッコロにも魅力をたくさん見つけられるように努力する。

悪い言い方をすれば、当面の間だけとはいえ、モダンピッコロには大本命アイリッシュピッコロの引き立て役になってもらう。それで大本命アイリッシュピッコロの美しさが更に際立つことになる(我ながらすっげーヤなやつ)・・・っと、これは完全な冗談なので本気にしないでほしいのだが、それはさておき・・・

私は正直言って、本当はモダンピッコロからももっともっと魅力を感じ取れるようになりたい。そうなれれば、好きなピッコロのタイプが増えて良い事ずくめではないか。楽器に限らず、無関心が好奇心へと変わり、愛情を注ぐ対象が増えるのは、薬にはなっても毒には決してならないだろう。

さて、大本命アイリッシュピッコロとは対極な性質のモダンピッコロで検討しているのは、GUO(ゴウ)ニューボイスピッコロだ。カラーバリエーションが6種類もあるし、オプションで3色くらいをまるで国旗のように配色できるそうなので楽しそうだ。
11万というとヤマハのYPC32よりもやや高い程度なので、割とお手ごろ価格。

同社のニューボイスフルートのほうは圧倒的にヤバイくらい「かっこいい!」と一目惚れしてソッコー買いしたのは記憶に新しいのだが、どうもニューボイスピッコロのほうのデザインは個人的に「なにこれヒョウタンみたいな変な形〜。タイプじゃなーい」としか思わない。それがデザイン面での率直な感想だ。

じゃぁ他の機種にしようかな、とも思ったのだが・・・ただこのニューボイスピッコロ、どんな個性的な音色なのかがすごく気になるので、できればこれを選びたい。

ニューボイスピッコロはフルートと同じくN響アワーで何度か使われたこともあるらしいので、プロの現場でも通用するほど立派な、かなり完成度の高いものであることは間違いない。だから品質面では心底安心してよさそうだ。

それに何よりも、ツイッターで実際にこの笛を所有していらっしゃる人の、「高音部が出しにくくて困ってたけど、これを吹き始めてからはすごく高音部を出しやすくなって助かってる」という意味のツイートを見て、同じく高音部を出すことが苦手な私はこの笛に一気に惹き付けられたことが大きい。
やはり、いくらアイリッシュピッコロと対極の笛を探すにしても、できる限り自分に合った笛を選びたいではないか。どんなにデザインが気に入っても特性が自分に合っていないと苦痛が抜けないのではなかろうか。

ヒョウタンみたいな形は見慣れれば可愛く見えてくるかもしれないからいいとしても、では色は何色にしよっかな。
私が体まで女性ならば迷わずピンクを選ぶのだが、男がそんなピッコロを吹いているのを人に見られたらヘンターイ扱いされること請け合いなので涙を飲んでピンクは諦めるよーうえーんこんちくしょー。


2018/05/16

アイリッシュピッコロの美しさを引き立たせるため、などと冗談めいて書いたものの、そういう比較無しに、純粋に個別の存在として単体でモダンピッコロを好きになりたい。
いや、今でも既に好きなのだが「好き」の意味合いが違っていて、フルキーゆえにトーンホールを100%確実に塞げられてピッチ合わせ・イントネーション揃えもアイリッシュピッコロに比べれば遥かに楽にできるから好きという、下手くそがほざくなんとも情けない意味の「好き」なのだ。

そうではなく、アイリッシュピッコロの上達のための研究と練習は永遠に続くとして、それとは全く別の領域でモダンピッコロ独自の魅力を感じ取れるようになりたい。
まず安定しやすい音程、音色の豊かさ、吹きやすさ、そして最後にデザインの好み・・・と、こういう順番で基準を付けるのが、あくまでも個人的にだが本来の見方だと思う。
まぁ、お値段も大事な基準ではあるがそれはちょっと違う話なので。

楽器をデザインから選別していく私はプレイヤーとして邪道なのだ。自分でよくわかっている。
ある楽器が素晴らしい特性を持っていても私にかかったが最後、デザインのほうを優先されてしまって楽器としての評価を付けてもらえない、そんな悲劇で終わってしまうとは、なんというバッドエンド。

もちろん、それではダメだ。
この歪んだ基準観(?)を直せるように今後は努力したいし、何よりも上手くなりたいからデザインなんかで選んでいる場合ではない。
デザインも見ながらでいいから、性能や特性はもっと重視して選別できるようになりたい。そうしないと私の場合は本当にいつまで経っても下手の横好き状態から脱出できないと思う。

・・・そう思いながら色々なメーカーのモダンピッコロを検索しているが、ジュピターゲマインハート 4Wのデザインに後ろ髪を引かれる思いが消えない。いけないいけない。
人間だって外見なんかよりも心が大事でしょ。楽器も中身が大事なんですよ私ちゃん!

仮に、初心者向きでコスパがよくて癖がなくて品質が良くて長持ちして手入れにあまり気を使わずに済んで、消耗部品の在庫を含めたアフターサービスも万全で安心できるという贅沢な条件で選ぶとしたならば、やはりヤマハのプラ管YPC32を選ぶべきだろう。
ってかそれしか選択肢ねーんじゃね?

あるいはもうかなり頑張ってあと二つ上の機種でYPC62R(ページの上から2番目)とか。あの歌口のウェーブが初心者に優しいのは同社のファイフYRF21を毎日サボ練で吹いているから大体予想ができる。

まぁ、今はあまりお金がないので、とりあえず大本命アイリッシュピッコロの到着を心待ちにしてキリンになっていよう。


2018/05/22

それにしても、私が心底好きになった楽器というのは、どうしてこんなに知名度の低い超マイナー楽器ばかりなのだろうか?
最初のモダンピッコロはまぁまぁの知名度があるとしても、ティンホイッスルなんて初めて知った1998年当時は、アイリッシュをやっているか好きで聴いている人くらいにしか知られていなかったので、一般の情報はほとんど無いに等しく、パソコン通信フォーラム内やインターネットを検索しまくって、ティンホイッスルを置いていそうな店に電話もかけまくって教えてもらったりして、情報を探すのにかなり苦労したものだった。
それくらい情報があまりにも少なかった。
もちろんティンホイッスルの情報サイトなぞは当時は無かった。
・・・まぁ、だから、「なんでティンホイッスルの情報サイトが無いの!? 無いのなら自分で作っちゃえ!」と思って2001年3月13日にこのサイトを始めたわけなのだが、その話は今は関係ないので省く。

アイリッシュピッコロが正にその極端な例だ。先にも書いたとおり、超マイナーどころか絶滅危惧種のようではないか。まぁそんな嘆きもおいといて・・・

何も別にわざわざ好き好んで超マイナー楽器なぞは選びたくはないのだ。機種自体が少ないし演奏や手入れの方法は資料が最小限しかないor皆無なので独学をかなり頑張るしかないし、情報を探し出すのが大変だしアフターケアをしてくれる業者さんも極端に限られてしまうし、そんな楽器なぞ自分からは選ばない・・・・・・通常ならば。

ティンホイッスルにしろアイリッシュピッコロにしろ、心底好きになった楽器が、どんな時代背景やメーカーがあるのかを「後になってから」調べてみたら、本当にたまたま超マイナー楽器だったというだけの話なのである。
もしティンホイッスルやアイリッシュピッコロが例えばピアノのように誰でも知っている世界的に有名な楽器だったとしても、「大好き」という直感と世間への知名度とは全く関係ないので、やはり直感だけで選ぶに決まっている。
少なくとも私は今までずっとそうしてきた。

それがよりによって絶滅危惧種のような超マイナー笛に惚れこんでしまうとは、もう笑うしかない。

しかし別の見方をすれば、超マイナー楽器だからこそ、回り道をしたとはいっても出会わせてくれたことには本当に感謝の念が尽きないし、出会えたありがたみも喜びも倍増するというものだ。
「確率はものすごく低かったはずなのに、こんな超マイナーな楽器に出会えて盲目的に好きになるなんて、あぁ・・・なんという運命的な・・・」という風に。

でも、もうちょっと素直に言えば、今後この笛たちの知名度がもっと上がっていってほしい。いろんな面で苦労が絶えないから。

とか言いながら、演奏法や手入れの方法などで調べものをしなければならないような事態になった時、「やれやれ、またか・・・」と嬉しそうに独りごちることが増えている今日この頃であるから、超マイナー楽器奏者の悩みは案外、民族楽器を愛する者の特有の幸せなのかもしれないと妙に納得しつつ、今日は筆を置きたい。


2018/05/26

あれから更にググりまくって調べまくって、モダンピッコロの購入モデルが決定したので注文した。私にとって、これ以上のお気に入りのモダンピッコロは他にはまず無いだろう。

例の大本命アイリッシュピッコロについては、オーダー発注から1ヶ月以上待っているが、万一希望にそぐわないピッコロが届いたら、まぁ返品・返金は無理なので、「ここはこうしてほしかったのです」と言って、こと細かく加工した写真も、各部のディテールの説明も添えて、「今度こそ間違えないでくださいね」と言って再オーダーする予定だ。
その場合2本買ってしまうのだから2本分のお金がかかるが、まぁ仕方が無い。

首尾よく最初から希望通りの大本命アイリッシュピッコロが届いた場合は、大本命アイリッシュピッコロと上記のモダンピッコロの2本さえあれば、もうこれ以上欲しいアイリッシュピッコロもモダンピッコロも無いと確信している。それくらい自分の審美眼と選択には自信がある・・・とは言えないか。物欲にまみれている私だから今後もきっと、サブ笛としていろんなミニ横笛を買うに違いない。

ちなみにモダンピッコロはそのメーカーの中では一番安い機種で、本当に偶然たまたま一番気に入った機種が一番安い機種だったとは、なんという嬉しい偶然ではないか。
かつて、最も気に入ったティンホイッスルのディクソンSVがディクソンのラインナップの中で偶然たまたま一番安い機種だったことを知った、その時の再現だ。「安物の楽器は、質素な生活が好きな君のためにある」とでも言いたげな神の声が聞こえます(聞こえない)。
でも神様と守護霊さんには深く深く感謝している。


2018/06/02

やっぱり・・・デザインに負けてジュピターのJPC1010Eを選んでしまったwww
上で最も気に入るモダンピッコロを見つけたと書いたが、JPC1010Eがそれなのだ。

アイリッシュピッコロも同様にモダンピッコロもまだまだ下手くそだから、どの機種が自分に合っているかなどまだわからないので、どうしてもデザインが好みかどうかを最初の基準にしてしまう。
いかにも初心者の私がやりそうなことだ。

まぁでも、どんなに上達しても楽器のデザインが気に入らなければ、その機種ではいつまで経ってもあまりやる気が出てこないというのが今までの自分だったし、きっと今後もそうだろうと思うので、プレイヤーとして邪道とはわかっていても、まずはデザインを最優先して選び、後から体をその楽器の特性に合わせていくようにすれば、まーそれでいいんじゃない? カタイこと言わずにさ。

それにこれは本当に偶然なのだが、JPC1010EはABS樹脂管体だ。本来グラナディラなどの木で出来ている黒い部分がABS樹脂製で他の部分は主に金属製になっているので、プラスチック管楽器好きとしては、かなり心をくすぐられるし、材質の組み合わせ的にもかなり面白い。

だから、モダンピッコロの中では相当な安物とはいえJPC1010Eが一番気に入ったのであれば、今回の選択で正解だったのだと思う。たぶんメーカー保障が効く最低ぎりぎりラインの機種というところだろう。

最終的に死ぬまでに所有できればいいやと思っているゲマインハートの木製の4Wシリーズでさえ「僅かに高級品の領域に入るかな」という程度のお値段なので、我ながら本当に安上がりなプレイヤーだ。


2018/06/09

少し前に、
「モダンピッコロよりもアイリッシュピッコロのほうがシルエット的・デザイン的に好きだからアイリッシュピッコロの引き立て役としてモダンピッコロを並べて比較してアイリッシュピッコロの美しさを際立たせて・・・」
と大変野暮でナンセンスで意地悪で初心者丸出しで素人臭いことを書いたが、今回入手したモダンピッコロJPC1010Eをずっと眺めていると、いやいや、なかなかどうして、これはこれで充分すぎるくらいの美しさを持っているではないか。
小さく細かく入り組んだキーメカニズムの機能美、キー1つ1つの造形美、そして緩いコニカルボアとの合体美、
モダンピッコロはモダンピッコロで、他と比較する必要のない独自の美しさを備えている。

そのことに、最近やっと気づいてきた。

車に例えるなら、キーレスのアイリッシュピッコロが公道を走る一般大衆車で、フルキーのモダンピッコロは一般大衆車にメいっぱいドレスアップと改造を重ねたレーシングカーのようであり、そしてどちらも美しいと感じる。

物に対して感じ取る美にはこれといった基準はなく、個人個人で基準が大幅に違ってくることは周知の事実であろう。
モダンピッコロのジョイント部分が円筒形ではなく膨らみがあるほうが美しいと感じる人もかなり多いだろうし、リコーダーのようなあの曲線に美を感じる人も多いだろう。

余談だが、私はなぜかリコーダーのあの造形には美を感じることができず、どうしてもディクソンSVのような水道管シルエットのほうにばかり魅力を感じてしまう。
なぜなのか?
もし自分自身のプロポーションが水道管のようなズンドウ体型だったら嫌なのだが、笛にはそれを求めてしまう。

いや、そんなことはどうでも良い。モダンピッコロ独自の美しさに気付けただけでも幸せだ。
ティンホイッスルと同じくらいアイリッシュピッコロは美しい。そしてモダンピッコロにはそれにしかない美しさがある。

この調子で他のあらゆる楽器たちにももっと美しさを感じ取れるようになりたいものだ。(それこそお調子者?)


2018/07/08

やっとキターーー!! やっと届いたーーー!! 大本命のアイリッシュピッコロ、Skip Healy Piccoloだー!!


↑これですよ、これ!!

これが、入荷を待ち望んでいた最も理想的なデザインの大本命アイリッシュピッコロだったのだーーー!!

いえーーーい!! 可愛がるぞ〜! 練習しまくるぞ〜!

おっと、ここでは清楚でお上品な口調でいくとするか。


2018/07/12

ベルギーのメーカーCoulon DuffyD管ファイフ CD012(男の子が笛を吹いている写真よりも2つ下のモデル)が、もうすぐ届く予定だ。アルミの削り出しというゴールディチーフテンのようなファイフである。

ただ、このDuffy社を含め割といろんなメーカーで見られることなのだが、Bb管やC管をファイフと呼ぶのならわかるのだが、D管までピッコロと呼ばずにファイフと呼んでいるメーカーが、ちらほらある。
おそらく皆さんそこら辺はけっこうアバウトなのだろう(笑)
なので今回届くDuffyもD管なのだが社内での名称はファイフとされている。
もっとも、左手のサムホールが空いているゆえにファイフと呼ぶべきかもしれないので、私もこの笛のことはファイフと呼ぶことにする。

さて、Duffyファイフの話は一旦終わらせて・・・・・・

 

もう一つ、GUO Shining Piper(Colorful Edition)の新品をeBay経由で購入して、これも届くのを待っているところだ。こちらはC管な上に左手のサムホールも開いているのでれっきとしたファイフだし、実際GUO社でもファイフと呼んでいる。

GUO Shining Piperは、まだ手の小さな幼児向けに開発されたフルキーのファイフで、構造上、最低音のCの次のC#だけが出せないことを除けば、他は全ての音域において全ての半音が出せる、非常に画期的なファイフなのだ。
これを知った時は本当に驚いたものだった。
これはもう「キー付きファイフ」や「フルキーファイフ」などという生半可なネーミングではなく、れっきとした「モダンファイフ」と呼んでもいいと思う。
モダンファイフという呼び方は私が思いついたものだが、既に他の誰かが同じ呼び方をしているかもしれない。

最低音の意味でもキーメカニズム的にもモダンピッコロとは違うので、やはり私はモダンファイフと呼びたい。
このShining Piperを皮切りにモダンファイフという呼び方が世の中に定着していってくれはしないだろうかと、密かに願っている。そうすればミニ横笛自体の知名度も需要度もグッと上がるだろう。

「モダンピッコロを持っているのに、なぜ敢えてShining Piperなどという安物の子供だましのキー付きファイフを買うのだ?」と意見される方もいるかもしれない。
だが私はShining Piperの、キーメカニズム的には極めてシンプルでありながら12音階を出せるという発想と設計技術により、ファイフの可能性を無限大に広げてくれたGUO社に感謝の意味を込めて、そして先述のとおりミニ横笛の知名度と需要度アップを願って購入したのだ。

そういったShining Piperへの驚きとカラフルな可愛らしさに負けて、気付いたら指が勝手に購入ボタンを押していた。私が押したのではない。後ろの天使たちが勝手に私の手を操って購入ボタンへと導いたのだ。断じて私の意志では・・・・・・ないわきゃないわな。

色は何色にしたのかと思われるだろうが、私は他の笛でもどうせ誰にも見られない場所で吹くことが多いし、この色のShining Piperを見られそうになったら恥ずかしいからすぐに別の笛に持ち替える。だからShining Piperはこの色でいいのだ。この色が心の底から欲しかったのだ。
だって乙女心をむっちゃくすぐられたんだよーーー。クリスタルも付いててキラキラで綺麗じゃんかよーーーときめくじゃんかよーーーおおお。いいじゃないかよーーーおおお。どうせ誰にも見せないんだからいいのさ・・・

そうさ・・・ Shining Piper(Colorful Edition)の一番下のBubble Gum Pinkにしたさ・・・ 心は20歳女でも体が男の私がピンクのファイフを吹くのだ・・・
どうだね!? さぁ笑え!! お腹かかえて笑うが良いぞ諸君!!( ̄^ ̄)
(開き直って尊大な態度になって恥ずかしさを誤魔化してる)

あー・・・女に生まれたかったわーほんまにー。

後日、Shining Piperが届いたのでページを作った


2018/07/14

とは明治製菓のバターココナツチョコレートのCMの謳い文句だが、

そう、日本でこのフルキーファイフを持っている人はおそらく殆どいないだろうと思う。これを買うのなら同じフルキーファイフ属のShining Piperを買ったほうが値段的にもお得だし、機能的にも遥かに実用的だからだ。
にも関わらず私は海外の別のメーカーのカタログでこの珍しいフルキーファイフを見つけ、注文した。数日中に届く予定だ。同じフルキーファイフ属でもShining Piperとは全く違う性質の笛である。

こんなに良い意味で狂ってしまうのだから、ミニ横笛の持つ魔力は本当に恐ろしい。そろそろ購入欲にブレーキをかけないと、またたく間に「預金残高ゼロ」が近付くこと請け合いだ。

このフルキーファイフが届いたら比較的すぐに撮影して吹き心地の感想をアップできるだろうが、「なぜわざわざこの機種を選んだのか?」と首をかしげる人が圧倒的に多いだろうと予測している。
いや別に、人と違う笛を持ちたいなどの目立ちたがり屋な理由からではなく、周りの人たちとは一切関係なく、単に「とにかく頑丈な作りのフルキーファイフが欲しい」というどこまでも個人的な理由に過ぎないのだ。

なぜ「とにかく頑丈な作りのフルキーファイフが欲しい」と思ったのか、それはまた後日説明したい。

後日このフルキーファイフが届いたので説明している。


2018/07/16

大本命の宝物のヒーリーピッコロをケースから出して、自然風に当てている。
当然エアコンは切っている。朝から暑くてエアコンは切りたくないが冷暖房の効いた空気は木の笛の健康に非常に良くないので切っている。
というかエアコンを切らなければケースから出して外気にさらす意味がない。

木の笛は時々自然の風に当てないと寿命が縮むそうだ。考えてみれば当たり前かもしれない。水分含有量が変動しやすい木の笛は生きているのだから、健康管理に気を配ってあげなければ。

不思議なことに、この笛を見つめていると心が落ち着いてくる。
それまで仕事や私生活でささくれ立っていた心のトゲが1本ずつ抜けていくような気分だ。
日本刀の手入れをしている人が「心が落ち着く」と言うのと似た心境なのだろうか? よくわからないが、心の一服の清涼剤になっていることは確かだ。

おぼつかない手付きながらもピアノを弾いていても楽しいし心も落ち着いて癒やされるのだが、なんとなくヒーリーピッコロのほうが「落ち着き」とそれによる「癒やし」の効果がより強い気がする。
その理由はやはり、ピアノよりもピッコロのほうが「好き」の度合いが強いからに他ならないだろう。

楽器は全て生きていると思う。
そして、自分が好きな楽器に対しては「生きてくれていて、ありがとう」という気持ちになるものだ。
人によって違うかもしれないが、私はそういう風に思う。

好きな笛の健康のために、あえてエアコンに当たらずムシムシジメジメとした不快な夏の自室の中で過ごすのも、またオツなものである。


2018/07/28

最も好きな笛がシリンディカル・ストレート・水道管デザインのキーレスのアイリッシュピッコロ、要するにヒーリーピッコロだということは何度も言っているが、
「それならば他に所有しているミニ横笛も、デザインは置いておくとしても、キー付きじゃなくてキーレスにすればいいのに」と思う方もいらっしゃるだろう。

しかし私の価値観では、大本命のヒーリーピッコロ1本だけがあればキーレスはそれ1本だけで充分満足であり、むしろ他にキーレスを所有するとヒーリーの有り難みが薄れてしまいそうでイヤなのだ
だからヒーリーを入手した後は極力キーレスは買わないことに決めている。

個人的に好きな中国メーカーのGaleónが現在アイリッシュピッコロの試作品を開発中で、時々テスト的なプロトタイプを僅かに作っては更に改良を繰り返しているようだが、そのGaleónでさえも、今後プロトタイプではなく正式な商品版が発表された時のデザインが気に入らなければガッカリすると思う。

だが、デザインにこだわってばっかりいる私のくだらない基準はどうでもいいとして、
Galeónピッコロのプロトタイプは筒音がとても良い音で響くらしいので、正式な商品版の販売が始まったら、たとえ好みではないデザインであっても、どういう吹き心地や音色なのか非常に興味があるので1本だけは絶対に欲しいし、実際、とある人を介して間接的にではあるがGaleónのアンディ・シューさんに「正式な商品版の販売が始まったら真っ先に購入します」と約束もしている。

Galeónなどの特別な例外は別として、それ以外ではキーレスミニ横笛は今後は殆ど所有するつもりはない。キーレスミニ横笛はお気に入りの1本か2本があれば充分なのだ。

私がヒーリーを手に入れるよりも前に持っていたキーレスミニ横笛を最近になって少しずつ手放し始めているのは、そういう理由も割と多い。

「せっかく20年間もティンホイッスルで鍛えたテクニック、右手と左手の全ての指穴を自由自在に半ずらしできるテクニックを持っているのに、所有するキーレスミニ横笛が1本か2本だけとは勿体ない。テクニックの持ち腐れじゃないの?」と思うかもしれないが、半ずらしテクはヒーリーやGaleónだけで充分発揮できるし楽しめるから、これでいいのである。

以前ここに書いた、「ヒーリーのキーレスの美しさを引き立たせるために他の横笛はあえてキー付きを買おうか」などという馬鹿げた考えは今では綺麗に消え去って、モダンピッコロやモダンファイフやフルキーファイフなどのフルキーミニ横笛の、その独自のデザイン的な美しさと機能美的な魅力を、今では充分感じられるようになった。自分の中で価値観がだいぶ変わってきたのだ。

素朴なキーレス、近代的で洗練されたフルキー、どちらにもそれにしかない独自の美しさと個性と魅力がある。それを感じられるようになったことが、最近最も嬉しかったことである。

とはいえフルキーミニ横笛は散々購入したので、もう欲しいモデルがなくなってしまった気がする。
モダンピッコロ2種類、同じモデルで色違いのモダンファイフ3本、フルキーファイフのDuffy CD052が1本、あとはもう他には無いような気がする。世界中のどこかにあったとしてもまだ見つけられずにいる状態だ。

余談だが、民族楽器界隈で「キー付きに逃げるのは甘え」という定説があるらしい。しかし私の場合はキーレスもフルキーも両方使いこなしたいと思っているので逃げでも甘えでもないし、上記のとおり事情が全く違うことを念頭に置いてほしいと願いつつ、今日はもう眠りに入ることにしよう。


2018/08/29

「ららマジ」というゲームだかアニメだかよく知らないのだが、その作品のキャラクターに小田桐アミ(おだぎりあみ)という18歳の最上級生のピッコロ(モダンピッコロ)奏者がいることを最近知った。
アミを知ったきっかけは、今になってはよく覚えていないのだが、確か「楽器 ピッコロ」でウェブ検索していて見つけたのだったと思う。

作品をよく知らないままキャラクターだけに興味が行ったのだが、
寿命であの世に行ったらこんな可愛らしい女子高生の姿になってピッコロを吹くのもかなり良いな、憧れるな、
と思いながらアミの設定を見ていたら。。。

似ている。私は「かわ」には該当しないが他の部分がよく似ているではないか。
と、アミの姿とパーソナリティを自分に重ねて楽しんでいる。

ただ、彼女が別の楽器を担当する設定でピッコロを吹かないキャラだったら、殆ど興味さえ持たなかっただろう。ピッコロを吹いているからこそ、ここまで彼女に憧れるようになった。
たまたまピッコロ奏者で目つきや性格も似ているところがある、これだけでアミに自己投影するほどお気に入りのキャラになるには充分だった。
挙句の果てにはツイッターのモーメントまで作ってしまう始末だ。
萌えではなく憧れの気持ちだ。いや別に萌えても罪ではないのだがそれを許さない何かがあるのだ・・・というか萌えてどないすんねん萌えてもしゃーないやろ。

あの世でアミになってピッコロを吹きたい、そんな願望が芽生えてきたが、私が一人で悦に入るのならともかく外部からの需要はあるのだろうか?

たまには本題から外れてこういう話をするのもいいしょー。

えっと、アミ関連であと一つだけ主張しておきたいことがあってそれがなかなか思い出せないのだが、このままでは「ピッコロへの想い」ではなく「アミへの想い」になってしまうのでそろそろ自粛。

 

・・・一週間後に思い出した。

アミを知って好きになったからピッコロに再チャレンジしようと思ったのではない。
ピッコロの再チャレンジを始めて半年くらい経ってからたまたまアミを知ったのだ。
ミーハーじゃないよ!ということが言いたかった。


2018/09/16

https://mobile.twitter.com/mea20sai_t_4sai/status/1039659082024505344

ツイッターにも書いたが、ピッコロを始めてから研究と練習と試行錯誤を繰り返して、半年もかかって、やっと自分なりの理想のアンブシュアを発見することができた。
もちろん吹き方のノウハウとして電子メディアや紙メディアに記録済みだ。

このアンブシュアをマスターすれば高音域でも小さな音量で吹けるようになる。
実際練習していると、時たま高音域でピアニシモに近い音が出るように徐々になり始めている。

今まではそれこそ「つんざく」ような高音しか出せなくて当然息の燃費もかなり悪かったが、それを改善できる糸口と突破口が、ツイートに書いているとおり9月6日木曜日から9月7日金曜日に日付が変わる頃のサボ練中に突然現れ、自分にとって最も理想的なアンブシュアの発見に繋がったのだ。

なんという嬉しいことだろう。あとは常に冷静さを忘れずに頭をフル回転させながら練習を頑張ればいいだけの話だ。

ちなみに私のサボ練方法は配達中に社用車を人気のない場所に停めて窓を閉め切ってエアコンもラジオもつけて練習する。そうすれば真夜中といえど笛の音など周囲には聞こえないからだ。

仕事だけに集中するのも悪くはないが、やはりサボ練はとても重要である。プライベート練習では思い付かなかったアイディアがなぜかサボ練中に浮かんでくることが多いからだ。
なんとも不思議なことだが、仕事で極度に気が張っていることがサボ練でもものすごい集中力を生み出し、インスピレーションを受けやすい状態になるのだろうか?

読者さんたちも、職業柄可能であればどんどんサボ練に励んで欲しいと願わずにはいられない。見つからないように要領よくサボ練をできるようになってほしい。
こーっそりと、ねっ☆


悪い子めあちゃん

 


2018/09/20

フルノーマルなのに、モダンピッコロのJupiter JPC1010Eは本当に少ない息量で低音部から高音部まで楽に吹けるピッコロだと感心している。
7万円台という、モダンピッコロとしては最下機種と言ってもいいくらいの超安物なのに、この吹きやすさと息の消費量の少なさは何だ?
こんなので高音部を小さめの音量で吹けるとは信じられない。
よっぽど私の唇と吹き方に合っているのだろう。

JPCはモダンピッコロの中ではデザインがシリンディカル・ストレート・水道管デザインに近くて最高に気に入ったから、まずはデザイン最優先で買っただけなのに、大好きなプラ管体だわ超格安だわ自分の唇と吹き方に合っているわで、嬉しい偶然がいくつも重なっている。
これはもう神様や守護霊さんやジュピターのメーカーさんにただただ感謝するばかりである。

ヒーリーもフル・オーダーメイドだけあって、アイリッシュピッコロの中では確かに1番吹きやすい。
JPCとヒーリーの両方に全く同じアンブシュア「ヨハンくち・アゴ開け低音・アゴ閉め高音」を使えることも、この2本を「持っているミニ横笛を好きな順に挙げてみる」にてトップ2にランキングさせている強い要素だ。

通常ならばメーカーによってアンブシュアを微妙に変えなければならないことが非常に多くて手間なのだが、ヒーリーとJPCの持ち替えにはその手間がない。
全く同じアンブシュアでイケルのでヒーリーとJPCを5分ごとに持ち替えて交互に吹いてもすぐにマトモな音を出せる。これはラクだ。

ヒーリーとJPC、2本ともデザイン、材質、配色、そしてなんといっても吹きやすさの点で最も気に入っている。気に入らない部分は無く100%満足している。
もちろんヒーリーが大本命ではあるのだが、管体のデザインが似ているという意味でJPCはヒーリーのフルキー版・モダン版という感覚でいるため、ヒーリーと同じくらいJPCを好きになってしまいそうだ。
くしくも、どちらも最も好きな配色「黒地に銀色」なのでますます「どちらがより好きか」がわからなくなってくる。

最近この2本は私の中でトップ争いを繰り広げていて、3位以下を大きく引き離している。今後このトップ争いに加わってくるミニ横笛は現れるのだろうか?
それは今まで所有したことのない、いや、まだこの世に生まれてさえもいないミニ横笛なのは間違いないと思う。
この世に生まれてさえもいないという意味では、Galeónが開発中のアイリッシュピッコロが、場合によっては未来のトップ争いに参加できる有力候補なのかもしれない。

有力候補がいつまでも現れなかったら、もちろんそれはそれで全然構わない。今のままで充分すぎるほどに満足していて幸せなのだから、これ以上を期待するのはあまりにも贅沢というものである。


2018/09/25

それにしても、ずいぶんミニ横笛を揃えたものだと我ながら感心する。

持っているミニ横笛を好きな順に挙げてみる
の通り、現時点で所有しているミニ横笛は合計12本だ。
Shining Piperを色違いで3本持っているのだが、それをダブリの機種だから1本と考えるか、色が違うからやはり3本と考えるか、私なら後者の3本の考え方を選ぶ。なので合計本数はやはり12本なのだ。

機種別という意味で考えれば10種類になるが、同じ機種を10本持っているのではなく、それぞれ全く違った機種を10種類持っているのだから、種類という意味でもやはり多い。
濃いマニアの人に言わせればまだまだ全然少ないのだろうが、私にとってはかなり多い。

考えてみたのだが、仕事中にサボレンができないような職種だったとしたら、ここまで増えていただろうか?

現在、プライベートはもちろんのことサボレン用としても使っているミニ横笛は、ディクソンDXTradPと、ディクソンDX015Dと、キーレスダッフィーCD012と、ヤマハYRF21と、Shining Piperの赤と、PlayTec PTPC300で、これらをその日の気分や目的に応じてどの機種を仕事に持って行くかを決めている毎日だ。

今挙げた6本の内で完全にサボレンにしか使わない機種というのは無く、プライベートでも何かしらの理由で吹くこともよくある。
ということは、仮にサボレンができない仕事に就いていたとしても、やはり今と同じ所有状態だったのかもしれない。

吹かずにコレクションしているわけではなく代わる代わる全部吹いているのだから、笛たちも幸せだろうなと思う。

−−−−

メモ欄。日々アップグレードしているアンブシュアの記録。

・下唇に軽く触れるだけ。決して押さえつけない(アンブシュアの自由度が大幅に奪われるので)。
・息圧で粘膜を裏返す。通称モルノー肉。
・あとは低音ほどアゴを開けて高音ほどアゴを閉めれば息のビームの角度が自動調整される。
2018/09/24 お昼の12時20分に記録。

後日談:
ヒーリーピッコロのアンブシュア。チョ〜攻め口・モルノー肉。これだけ。
簡潔明瞭だが、とても重要なことなので絶対に忘れないでおこう!!
昼間の自宅練習で洗面所の大きな鏡を見ながら編み出した新しいアンブシュアだ。こうして日々の研究とテストプレイによってアンブシュアは進化していく。


2018/09/29

今日はアンブシュアの話を。

自分にとって理想のアンブシュアを発見できた今だから言えることなのだが、
実は私の唇の形は、上唇の真ん中にコブというか出っ張りがあり、そして下唇がやや厚めのために、上唇のコブ逃がしがなかなか上手くいかないことが多かったのだ。
綺麗な楕円形のアパチュアにならずに、いわゆる「富士山アパチュア」になってしまい、息のビームが二つに別れてしまって音自体が出ないことも時々あった。

おそらく、22年前のYPC62撃沈事件の大きな原因は、その富士山アパチュアが一時的に出てしまった時に「なぜ音がかすれるのか?」を冷静になって考えずに、富士山アパチュアになってしまっていることにさえ気付かずに、つまりどうやって上唇のコブを逃がすかさえも思い付かずに、ただ焦って力み返って吹き込んでいるうちにアンブシュア自体がガチガチになってしまったから全く音が出なくなってしまったのだろう。
当時をよーく思い出してみると、どうやらそれで間違いなさそうだ。

最近気付いたこととはいえ、我ながらアホだったわーーー。アホの極地やんけ。まさに「いろは坂のサルじゃねぇんだから、ちったァ頭使えよ」だぞ私。
このセリフは「頭文字D」での須藤京一の名言だが、当時この漫画を読んでいてこのセリフに出会ったのが1997年の前半あたり、ちょうどYPC62の音が全く出なくなって多大なショックにより絶望して廃人同様になっていた頃だったのだ。それを今になって思い出したのだが・・・

もしかしたら後ろの守護霊さんが私に
なぜ音が出なくなったのかをよーく頭を使って分析しなさい。君は焦りすぎているだけだ。冷静になって原因を究明して練習し直せば、必ずまた音が出るようになるよ
と言いたくて、私が絶望して廃人同様になっているところに助け船を出す意味で、この「いろは坂の〜」のセリフに出会わせてくれたのかもしれない。当時それに気付いていれば挫折することもなかったろう。
だから、22年間経ってしまってから言うのも実に滑稽だが、守護霊さんありがとう。今後はあなたの指導によくアンテナを張り巡らせるようにします。

今年2018年の3月初頭からミニ横笛を始めて、以後半年間余り、理想のアパチュアを作るためのアンブシュアを毎日必死で模索してきた。
それこそ仕事中も短い時間を見付けては鏡と頭部管の息の跡を見ながら、コブ逃がしのためのアンブシュアの研究とトライ&エラーを延々繰り返してきた。

そしてある日、ツイッター検索で「American Fife」で検索している時に、このツイートにある画像の、アメリカンファイフ奏者のアンブシュアを見て、衝撃を受けた。
https://twitter.com/ENcommunities/status/220604206179028992

それについての私のツイートが以下の二つ。

https://twitter.com/mea_dot_jp/status/993718295311220736

https://twitter.com/mea_dot_jp/status/1026727722377048064

というように、息圧で上唇の粘膜を裏返せばコブ逃がしができるし真下に近く吹き込むこともできるし、何よりも必要最小限の筋力で殆どリキまずにアンブシュアを維持できることを発見したのだ。これは実に理想的だ。
私は下唇のほうがやや出ているので、ジェームス・ゴールウェイが言っている「真下に吹け!」が実践できずに難儀していたが、この「息圧裏返しコブ逃がし方法」を習得すれば、今までの問題が殆ど解決できるではないか!!
それに、立花雅和さんが言っている「アパチュアは息圧で開ける」にも適っている。

更に、音量が大きくなりやすい高音域でもこのアンブシュアを上手く使えば、ピアノやピアニシモにまで音量を抑えられそうなのだ。実際、最近になって、たまにではあるが高音域ピアニシモができたこともある。本当にたまたまマグレではあったが、一瞬とはいえ自分で立証できたのだから、これは希望以外の何物でもない。あとは努力あるのみ。

先のツイートにあるように、写真のアメリカンファイフの本当のメーカーはモルノーなのかどうかは不明だが、「モルノーアンブシュア」と覚えておけば自分的に一発でイメージングできる。
このアンブシュアを使わない手はない。

というわけで現在、この「モルノーアンブシュア」の完全な習得を目指して、日々、プライベートでも仕事中のサボレンでも頑張っているところだ。

もっとも、モルノーアンブシュアを完全に習得するまでの間は、通常の演奏においては今までのアンブシュアを使うことにしている。練習なら音が出ないことがあっても当たり前だが、通常の演奏で音が出ないことがあったら話にならないからだ。


2018/11/03

今日は姫神の音楽の話を。

1994年からYAMAHA YPC62でピッコロの世界に入り、ほぼ同時に宗次郎の音楽を知り、YPC62で宗次郎の音楽を頻繁に吹いていた。
そしてこのページの最初にも書いたようにアンブシュアがだんだん固くなって、泣く泣くピッコロを挫折したのが1996年の半ばあたり。

それから1〜2ヵ月後、カーラジオでなんとなく聴いていたNHK-FMの音楽番組で流れてきたのが姫神のデビュー曲「奥の細道」だった。
「奥の細道」は1981年に星吉昭さんが「姫神せんせいしょん」という名のユニットを組んでリリースした曲で、私はたまたま1996年になってから15年ほど前の姫神のデビュー曲を偶然聴いたことになる。
ピッコロ挫折の直後だというのに「奥の細道」から衝撃的な感動を受けた。松尾芭蕉のイメージからは想像も付かなかった軽快なジャジーなリズムに見事にシンセサイザーのフレーズがマッチングしていて、その当時の音楽評論家によれば

とのことで、私は「姫神の音楽は初めて聴いたけど、そういう表現の方法もあるんだな」と、いたく感心したものだった。それが姫神の音楽との衝撃的な出会いだった。デビュー曲のリリースから15年も経ってそのデビュー曲の魅力に憑り付かれて姫神の世界を初めて知ったのは非常に幸運だったと思う。

それから私は、挫折による放心状態にも関わらず、姫神のベストアルバムをすぐに購入して、連日聴きまくり、ピッコロが吹けなくなった切なさという心の大きな穴に姫神の斬新で静かな気持ちになれる音楽が染み渡り、それが更に姫神の音楽を好きになるきっかけになった。そのベストアルバムがこれ「姫神SUPER BEST」である。

しかし皮肉なことに、このベストアルバム「姫神SUPER BEST」のジャケットに書かれていた評論文の中に

という一節が書かれていて、笛という言葉に非常にナーバスになっていた当時の心には悲しい一節にしか聞こえなかったものだった。
特に姫神の音楽に使われている笛の音は小さな横笛の音が非常に多いので、悲しみも殊更だった。
だから姫神の音楽に陶酔する一方で
「できることなら、姫神の音楽をピッコロで吹きたかった・・・」
という気持ちも同時に湧いてきて、ピッコロへの喪失感も襲ってくるという、つらい毎日だった。

その2年後にティンホイッスルに出会って姫神や宗次郎の音楽を吹きまくるようになり、ある程度は心の傷は癒えたように思うが、やはり心の底では「ピッコロで吹けたらどんなに幸せだろうか」という切ない思いが無意識下にあった。それを最近になってやっと思い出してきたところだ。

逆に言えば、ピッコロ挫折があまりにも辛すぎる思い出だったゆえに、自分の精神への防衛本能が働いて、その思い出を心の奥底に無理やり封印して今まで忘れてしまっていたのだ。
それほどまでに、ピッコロを吹けなくなったことのショックは計り知れないほど大きく、それだけでひどい鬱になって1年以上寝たきりに近い廃人状態になっていたのだから、どれだけピッコロを心底愛していたかが自分でも痛いほどわかる。

だからこそ、2018年3月のピッコロ再開後は、悲しかった当時を取り戻すために冷静に慎重に頭をよーく使って練習方法を研究して、基礎練習だけを7ヶ月間も続けてきた。一日中考えを巡らせ、それこそ仕事中の時間も惜しんで研究と基礎練習に明け暮れた7ヶ月間だった。

本当のことを言うと、すぐにでも姫神や宗次郎の曲を吹きたかったのだが、まずは基礎の土台をしっかり固めておきたかったのだ。そうしないと自分自身が不安になるからだ。
だから、ピッコロ再開から7ヶ月間は曲の練習は敢えて一切せずに基礎練習だけを毎日コツコツ辛抱強く続けてきた。
主に、世界的フルーティストの上野星矢さんからヒントを得た「超ロングトーン」でアンブシュアを安定させ、それでもそのアンブシュアが気に入らなかったら新しいアンブシュアを模索する、そんなトライ&エラーを毎日延々と繰り返してきた。
別に曲の練習をしても誰にも咎められないのだが、基礎が中途半端な状態で曲を吹くことは絶対にしたくなかったのだ。
私の場合、笛の練習については自分に厳しすぎるくらいがちょうどいいし、自分自身もそれで納得して満足もしている。

そして結果的に7ヶ月間が過ぎた時点で、ようやく自分なりの理想的なアンブシュアを見つけ出し、「あとはこのアンブシュアをもっと煮詰めていけば良いだけの話だ。もう安心だ」という状態になって、本当にやっとこれで曲の練習ができるという状態にまでこぎ着けた。

だから姫神や宗次郎の曲をピッコロで吹き始めたのは本当につい1ヶ月ほど前だ。よって、音は出るようになっても指のほうがまだまだ追いつかない。
しかしそんな指のことなどは全然大した問題ではない。指なんて後からいくらでも自然に回るようになってくることを、20年間のティンホイッスルの経験から知っているからだ。

もはや、私の楽器的未来には希望しかない。

人間関係は相変わらず嫌なヤツがたくさんいるが、それがなんだというのだ? 嫌なヤツはどこにでもいるし、そんなくだらんものに振り回されている暇があったらピッコロの研究と練習に励んだほうがよっぽど建設的で健康的である。

自分なりの理想的なアンブシュアを発見してから以後、自信が付いたのだろう、人間関係での悩みはそういう風に吹っ切れることができた。
それこそ、ピッコロ挫折による廃人状態で心がカラッカラに乾いて完全に無感情になっていた1996年から1998年の、あの3年間の気持ちに戻っている。それが今の気持ちである。
良くも悪くも今は人間に対して、とことんドライになっており、悪口を言われても氷のように非常に冷たくあしらい無視しまくる術も覚えた。
つい感情的になってしまいそうな時には、

と自分に言い聞かせている。

話が人間関係に反れてしまったが、今の乾いた気持ちは、ちょうど「奥の細道」に出会った頃の気持ちにそっくりなのだ。だから姫神の音楽は私の人生の羅針盤と言っても過言ではないだろう。

私は案外、とんでもない「したたか者」なのかもしれない。
だがそれで良いのだ。はるか昔から人間関係の悪化とひどいイジメが原因で何度か自殺の寸前にまで追い詰められた人間が、楽器や音楽のおかげで生きる気力と活力が強烈に湧いてきたのだから、心が乾いていようがなんだろうが、それで良いのだ。
乾きすぎた心ゆえに堂々とふてぶてしく振舞いすぎて町の嫌われ者になろうとも、今までズタズタになった自分の心を守るためにはそうするしかないし、寿命まで生き抜くためにもそれしかない。
守護霊さんと自然の恵みへの感謝の気持ちだけは忘れずにだ。守護霊さんもこの「やむをえずふてぶてしく生きる」ことを許してくれると信じている。

人生は、つらければつらいほど生きたもん勝ちなのだから。
フッへへへ。。。

YPC62時代にピッコロを挫折してから22年間の暗黒の期間を経て、今まさに状況が180度転換し、ピッコロで姫神の音楽を吹けるようになり、感涙を禁じ得ない。

だから今こそ、最高に幸せな思いを込めて言える。


2019/01/16

先日、ついに念願叶ってGUO New Voice Piccoloを手に入れた。
最初のうちは単色バージョンで黄色か赤か白か、そのうちのどれかにしようと思っていたのだが、いろんな事情によりオプションをフル活用して、ご覧のように黄色+オレンジ+水色+緑の4色カラフルバージョンをオーダーした。
このピッコロはこういう風に各部の部品の色や色合いをかなり自由自在に配色してもらえるオプションが付いているので面白い。

正直言って、単色にする場合は白一色にしようと決めていたのだが、カラフルバージョンにしようと決めた時は配色のことでかなり迷ったし目移りもした。

だが、ただ一つ、胴部管を大きく見せるために胴部管だけはかなり明るい色にしようということだけは決めていたので、結果的に明るい黄色を選んだ。
もっともこの「明るい黄色」はGUOのカタログでは「明るい金色」となっていたのだが、カタログのサンプル色を見ても明るい黄色にしか見えなかったので、これは自分的に好都合と思い胴部管はこの色に決めた。

次は頭部管の色だが、青系や緑系は小さな面積の部品だけに使いたかったので、ちょっと自分の中で消去法で考えていったら頭部管はオレンジ色を選んだというわけだ。
そしてクラウンキャップが水色でストッパーが緑となった。

実は私は緑系の色には殆ど興味がなかったのだが、全幅の信頼を置いている親友Fちゃんが緑色大好き人間なので、彼女の好みも一部分だけ取り入れたかったのだ。それでストッパーという極めて小さな部品だけを緑色に決めたのだ。

・・・・・・それにしても、このニューボイスを手に入れてしまったら、もうあとは欲しいミニ横笛がなくなってしまった。
今までは「一度所有してみたいな」というミニ横笛があったら買って、笛によってはしばらく吹いてみて気が済んだら手放すという、笛に対して甚だ薄情者な行いをしてきたが、その中で選び抜いて現在大切にしているのが、

の3本だけである。

PlayTec PTPC300ヤマハのファイフも1本ずつ持っているが、これらはしょせんサボレンのためにやむなく購入したものに過ぎないので、私としては所有している本数のうちに入れていない。

サイトのメニューに、過去に今まで所有してきたミニ横笛たちの記事へのリンクを全て残しているが、あれだけの本数を吹いたらもうさすがに「一度所有してみたいな」と思う笛さえも無くなってしまったのだ。
いろんな機種の所有をたくさん経験しすぎて候補が無くなってしまった。

さて、残るはNuvoがモダンピッコロを出してくれたら、人柱も兼ねて購入したいとは思っているが、はたして出してくれるだろうか?
Nuvoファンとして「ぜひモダンピッコロを出してください」というお願いのメールはメーカーに直に送ってあるので、あとはなるようにしかならないだろう。


2019/05/11

最近アンブシュアがちょっと不調で、音が出ないわけではないのだが2オクターブ目が出にくくなってしまっている。これはひとえに上唇の内側の粘膜が力んでいるせいなのだが、その力みを取るための練習を続けている毎日だ。

そう、プライベートはもちろんのことサボレン(仕事中にサボって笛の練習をすること)にも余念が無い。サボレンができる仕事というのは本当にありがたい。だからこの仕事はヤメられないのだ。一日中練習をしていられる。

もっとも練習といっても、今回の場合は笛を吹くのではなくてアンブシュアだけを作って上唇の粘膜をびろーんと出すいわゆる「エア練習」なので、何も社用車を路肩に停める必要はなく運転中でもできる。だから仕事中でも常時サボレンをしている状態だ。
おかげでだいぶアンブシュアが回復してきている。
別に笛で実練習してもいいのだが、まずはエア練習でアンブシュアの土台をしっかり固めて、上唇の内側の粘膜の力みが取れてからでないと、笛を吹いても練習にならないどころか悪化さえしかねない。だから今はエア練習のほうに重点を置いている。

それにしてもサボレンというのは本当に素晴らしい。サボレンができるからこそここまで仕事を続けてこれたし、効率よく練習ができるのだ。これ以上素晴らしいものはない。
サボレンこそ人間が命をかけて明日を投げ出す値打ちがあるものだ(いやそこまでは言わないが)

会社の重役にあるまじき発言だが、サボレンができない仕事だったとしたら私はきっと仕事が勤まらないだろう。それほどまでに笛が好きだ。一日中笛のことを考えてエア練習でも実練習でもいいのでやっていたい。こんな私は社畜にはまずなれないことは間違いない。


2019/06/01

アンブシュアのことでいよいよ行き詰まって、思いつめた挙句に「もうフルートとピッコロのレッスンを受けなきゃダメだ」と思って地元のフルート教室のレッスンを申し込んだ。レッスンを申し込んだのは生まれて初めてだ。

しかし、なんとその直後、ピッコロ絶好調期だった頃つまり2オクターブ目の最高音まで出せていた頃のアンブシュアを突然思い出した。
ただ単にレッスンを申し込んだだけなのに、半年前までの絶好調期のアンブシュアを突然思い出し、いきなりスランプ脱出の突破口が開けたのだ。
その突破口が開けた日、2019/05/27は忘れられない日になりそうだ。

それにしても、いったいこのタイミングは何を意味するのだろう? レッスンに通い始めてから思い出したのならわかる。だが申し込んだだけでレッスンの日程を先生と打ち合わせしている最中に思い出したのだから実に不思議である。

先生にはそのことは言っていないが、せっかく申し込んだのだから初回の体験レッスンだけでも行こうと思う。

今回思い出したアンブシュアは本当に独特で、上唇の真ん中のコブを逃がすため、そして上唇の粘膜を裏返すために、かなり特殊な筋肉の使い方をする。おそらく一般的に見れば「そんなアンブシュアでよく音を出せるな」と思われるかもしれない。
だがこれは本当に長い長い研究と実験と基礎練習の果てにやっと編み出したアンブシュアなのである。こんな吹き方をする横笛吹きはあまりいないのではないかと思う。

アンブシュアにはこれといった正解はなく、1000人いれば1000通りのアンブシュアがあると言われているが、全くもってその通りだと身をもって思い知った。

我ながらなぜここまで頑張れるのか? ピッコロが大好きだから。生きがいだから。それしか理由はない。「好きこそ物の上手なれ」とはよく言ったものである。いや上手ではなくむしろまだまだヘタクソなのだが(笑)

とにかく思い出してから練習を始めたのが先にも書いたとおり2019/05/27、この日はアンブシュア復活の記念日だ。自分でお祝いをしたい気分なので大好きなチョコレートケーキでも買ってこようっと。

半年前までの腕前に戻れるように、練習がんばるぞ!!


2019/07/25

まだまだ演奏がヘタクソなのはおいておくとして、ミニ横笛に出会って、今回の人生で本当に捜し求めていた趣味のアイテムを見つけた感がとても強い。

私は幼少時代から何かしらの趣味のアイテムをいつも探求し続けていた。幼稚園時代はその時々に応じた様々な紙工作で、アポロ宇宙船だったり折り紙だったりした。
小学生時代はプラモデルや、好きな漫画に出てきた道具をお小遣いで買っていた。中学生時代もほぼ同様。プラモデルに至っては毎日ワックスをかけて磨くほどだった。

高校時代になると弱かった体を鍛えるためにバドミントン部に入ることは入ったが、練習や試合に情熱を注ぐよりもラケットというアイテムに愛情を注いでいた。
社会人になってからも、オートバイや車やレーシングカートなどの乗り物に愛情を注ぐようになった。やはり毎日のようにワックスをかけては満足感に浸っていた。ワックスがけは最高に幸せな時間だった。

要するに、物心ついた時から対象は違えど何かしらの趣味のアイテムに並々ならぬ愛情を注いでいた、それが本来の私の性格だ

しかし、どんな年代においてもその時々に聴いた音楽のメロディがいつも頭の中を流れていた。自覚がなかっただけで元々は音楽が本当に好きだったのだろう。だから最終的に楽器プレイヤーに転向してエレキギターから始まり、先にも書いたようにいろんな紆余曲折を経て、ミニ横笛という、これ以上ないほどに愛情を注げる最高のアイテムをやっと見つけたのだった。

幼少時代から耳に入ってくる音楽のメロディをいつも頭の中で歌い続けていたし、本当に楽器や音楽が大好きだという気持ちに気付くまで年月がかかったために楽器を始めるのが遅かっただけの話で、楽器特にミニ横笛に愛情を注ぐようになることは生まれた時から運命付けられていた気がする。なんとなく直感でそう思う。

今回の人生で本当に捜し求めていたアイテムがミニ横笛ということ、そしてそれが人生においての最終アイテムということに最近気付いた。最終アイテムという意味で、(ゲームのことは殆どわからないが)ドラクエのグリンガムのムチあたりだろうか。

人生というゲームでの最終アイテムを見つけて、「遂にやったぜ! 何十年も生きてきてやっと見つけた!」という気分だ。だからもうこれ以上はアイテムを探す必要もない。

幼少時代から人付き合いには殆ど興味を持たず、ただひたすらお気に入りのアイテムを探求し続けてきた、それが私の生き方だったし、それは今後も同じだろう。そういう意味では今でも子供の心を持っているのかもしれない。
だから未だに人を愛する喜びを殆ど知らないのかもしれない。幼少時代から「人付き合い? 興味ないわー。それよりもアイテム探しだ」と思っていたし。

プラモデルや乗り物にワックスがけをしては満悦していたように、今はヒーリーにオイリングをして光沢を出すことに満悦している。幼少時代と全く同じ精神構造である。ある意味幼少時代から全く進歩していないとも言えるが、幼な子の心をいつまでも持ち続けているのは良いことだと思うし、趣味のアイテムに愛情を注ぐことは私の変わらない生き方なので、まーいいっしょ。

親友のFちゃんが趣味のアイテムを集め続けている気持ちが、本当によくわかる。
人付き合いには興味が無いが、Fちゃんだけは別格なのだ。うふふ。


2019/08/31

アンブシュアのことで嬉しい気付きがあったので、ツイッターの自分の今日のツイートをコピペしておく。

どこの筋肉をどうやって・・・と論理的に煮詰めていくよりも、唇の真ん中の先っちょから息を出すことだけを意識して練習したほうが、無意識にアンブシュアを作れるようになる気がしてきた。
で、後から「ああ、ここはこういう筋肉の使い方をしてたのか。なるほど」と気付くくらいが丁度いいのかもしれない。
論理的にやりすぎて考えすぎるのも良くないわな。

最初に元祖Yさん口で肉を盛って、あとは決して力みすぎないで
「唇の真ん中の先っちょから息を出す新Yさん口」だけを意識すれば、脱力したモルノー肉も上手くいきそうな感触がする。

出来上がったアンブシュアはあくまでも結果的なものに過ぎず、その形に固執する必要はないどころか固執するとかえって弊害になる。

横笛は唇の外側の見えている部分じゃなくて内側の粘膜で吹くかんじにするとエアリードが柔らかい分綺麗な音が出やすい気がする。だからこそ最初の肉盛りが大事なんだな。

研究と練習を突き詰めていくとやっぱり行き着くところは真ん中尖り反らしなんだけど、それ以外は本当に柔軟に臨機応変に作ればいいや。
なんか、これで自分なりのアンブシュアの基本的な答えが出たかんじ。
感触と手応えを掴めたぞ。

新Yさん口(歌口を手前に回してエッジをアパチュアにギリギリまで近づけて、肉盛り+脱力尖りチューで吹くとコンスタントに音が出やすい)

チュー盛り肉、チュー吹き、口が上、粘膜を柔らかく滑り出させる、そのアンブシュアを維持したままアゴ引きブレス

−−−−−−

チュー盛り、締め寄せ(力入れるのはここだけ)、尖らせ。

エッジギリギリまで近付ける。そのアンブシュアを維持したままアゴ引きブレス。
名付けて「ボイラーマン・新Yさん口」。

2019/9/15の20:30〜21:00、手応えあり。コツが掴めた。

アンブシュアの大スランプになってから早8ヶ月、研究と実験と試行錯誤と練習を繰り返してきて、時には挫折しそうにまでなりながらも絶対に諦めず頑張った結果、やっとこの答えを見つけた。あとは今後も頑張ってこの吹き方を煮詰めていけば良いだけの話だ。もう安心だ。
長かった・・・本当に長い長い試練の期間だった。だからこそ喜びもひとしおだ。今日は記念日になりそうだ。

ツイッターでこの答えに繋がるヒントをくださったわっさん、ありがとうございました。本当に感謝しています。


2019/09/19

アンブシュアが治った今だから言えるが、実はこの9ヶ月間アンブシュアの大スランプに陥っていた原因は、9ヶ月前にクセの強い某ミニ横笛を無理に吹きこなそうとして力みが入ってしまったらしく、その力みを取るのにこんなに長い月日がかかってしまったのだった。

未熟者の私の場合に限ってだとは思うが、力みというのは1度癖になったらなかなか取れるものではなく、場合によっては、ツイッターのあるフォロワーさんからアドバイスを頂いたのだが、数ヶ月単位で離れる覚悟が必要なこともあるらしい。

ただ、そのフォロワーさんによれば、良い癖で上書きをするのも1つの手だそうなので、この数カ月間、良い癖で上書きをできるようにずいぶん研究と試行錯誤と練習をし直してきた。おかげでやっとマトモなアンブシュアに完全に返り咲きつつある。
そのフォロワーさんには本当に心の底から感謝しています。本当にありがとうございますm(_ _)m

今回得た大きな教訓は、

「クセの強い笛だと判明した時点で、意地にならずにすぐに吹くのをヤメること。さもないと悪い癖が体に染み付いて、取り返しのつかない事態になってしまう」

だ。

なので今後はよっぽどの理由が無い限り、そのクセの強い笛は吹かずにもっぱら観賞用として保存しておくことに決めた。
もし今後吹く機会があるとすれば、それは私がもっと上手くなっていろんな笛を吹きこなせる技術が身についてからの話だ。そうなるまでとっておこうと思う。

ちなみに、その「クセが強くて吹くのをヤメた笛」というのは最愛のヒーリーのことではない。それが何よりの救いである。

なぁに、ヒーリー以外ならば、クセが強いために吹くのをヤメる笛が1本や2本あってもいいではないか。悪い癖が染み付いてアンブシュアが崩れてヒーリーまでも吹けなくなるよりは100万倍マシである。

それにしても、まさかアンブシュアの矯正に9ヶ月もかかるとは思わなかった。自分の責任とはいえたった1本の笛が原因で・・・恐ろしい話だ。

以上、ほんとにあった怖い話・ミニ横笛版。


(今後も時々加筆予定)


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