◇私は霊的に女性◇


マイヤースの「個人的存在の彼方」の105ページに、とても興味深いことが書かれています。マイヤースによれば、「幾つになっても結婚しようとしない、気難しくてケチで握り屋の男性は、霊的に女性」だというんです。なぜそうなったかというと、前世で女性的な性格をかなり発達させていたために、その性格を持ち越したまま今生で男性に再生したからだそうです。これを知った時、私は目からウロコが落ちたような気持ちになったものです。

確かに私は幾つになっても結婚しようとしないし、結婚なんて全く考えたこともないし、気難しいところがかなり多いし、ケチだし、握り屋な性格の男性です。だけどそういう私のような男性が霊的に女性、つまり心の奥底・心の本質的な部分では女性であるということになります。それを知った時に、私が飛び上がらんばかりに喜んだのは言うまでもありません。

やっぱり私って、本質的に女性なんだ! 私の今までの漠然とした考えだけでは確信が持てなかったけど、これで確信が持てました。きゃーーー! 嬉しいーーー!

それに加えて、高校時代から「女の子になりたい」という願望が出始めて、おかっぱっぽい髪型にして女性用のジーンズを穿いて街中を歩いて、女の子っぽいふっくらした顔つきやお尻が大きい体つきなども手伝って、女の子に間違われたことがしばしばありました。それは心底嬉しいことだったんですよ。「女の子になりたい」という願望が半分叶ったような気がして、本当に嬉しいことだったんです。今でも女性に間違われた時は、心の中で飛び上がって喜びます。これを考えても、私は霊的・本質的に女性だということが解ります。

話は変わって、改めて思ったことなどを。

ある日、古本屋さんに行って、エッチな本(いわゆる男性向けのエロ本)を立ち読みしてみました。なぜそうしたかというと、確認したかったんです。男性向けのエロ本を読んで「男の視点から見て」性的に興奮するかどうかをです。結果は、ぜんっぜん興奮しませんでした。無理して自分で自分を興奮させようといろいろエッチな空想を加えながらエロ本を読んでみたんですけど、やっぱり全く何も感じませんでした。これは完全に、私の心が女性になっている証拠でしょう。

そして今度は視点を変えて、「女性の視点から見て」性的に興奮するかどうかを試してみました。まぁ、ある程度は「この女性の立場になってエッチなことをされたいな〜」とは思いましたし、そういう意味ではいいんですけど、いかんせん男性向けのエロ本ですから、局部のアップとか、いかにも男性が興奮しそうなアングルの写真を見ると、もう生理的に受け付けないんですよね。それを考えてもやっぱり私の心は女性になっているんだな、と思いました。女性というのは局部のアップなどの過激な写真よりも、もっと全体のムードを重視するものだからです。

男性向けのエロ本を読んでも何も感じない私は、心が完全に女性になっていることを再認識して、大変喜ばしいことだと思いました。ルンルン。

また、仕事中に時々やっちゃうことなんですけど、配達で時間に追われていてアセっていて、車から荷物を取り出そうとしても奥に入っちゃってなかなか取れなくて、ついに「あーもうっ! キーーーッ!!」っていう風に本当に女性のヒステリーと同じ感情になってしまうことがあります(笑)。ヒステリーはよくないですけど、それだけ私の心は女性的だということが解りましたよ。我ながらしょうがないなぁヤレヤレ、と思いながらも、そういう自分の女性的な心が好きだなぁなんて思っちゃいました。まぁ、周囲に八つ当たりして不快感を撒き散らすようなことだけは絶対にしませんけどね。ヒステリーは自分の心の中だけで収めます。

また、こういう夢を見たこともあります。夢日記から抜粋。

2012/06/13

夢では私は、5歳くらいの幼女の姿になっていて、髪の毛を長めのおかっぱ頭にしていたんですけど、なぜか声は男の声のままで、心も大人の心だけでした。その状態で私はとある中年男性とテーブルを交えて何かを議論し合っていたんですけど、男性が「俺の言うことのほうが正しいんだ!」と言って足をテーブルにドン! と置いて威嚇してきたので、私は「そんな乱暴な言動をするんでしたら、私はもう議論するつもりはありません。帰らせていただきます。失礼します」と言ってその場を去りました。

    何を議論していたのかは思い出せないんですけど、男性が感情的になっていた反面、私は常時冷静でした。どっちの言うことが正しいかはおいといて、感情的になって乱暴な言動に出るのは、いただけませんね。そういう人は相手にしたくないから帰ったんですよ。それにしても、5歳幼女の姿になっていた感覚がしっかりあって、おかっぱ頭にしていた感覚もハッキリあったのに、なぜ声とか心が幼女のものじゃなかったんでしょうか? 声はまぁおいとくとしても心のことが気になります。何しろ心は一番大事な要素ですから。

    で、ふと思ったんですけど、数日前から「本当に自分は女性霊なんだろうか? 本当は男性霊なんじゃないだろうか? 男性霊の自分なんかヤダ。絶対に女性霊のほうがいい。女性霊であってほしい」と考えていて、かなり気にしていたんですよね。つまり自分が霊的に女性であるということにちょっと自信がなくなってきていたんです。でも今回幼女の姿になれていたのは、やっぱり心に女性的な部分がかなり多いからでしょうし、幼な子の心も発達してきている証拠でしょうし、まして今回のような状態の夢は初めてですから、「まぁたまにはこういう変わった夢も見るよね」という風に、ほとんど気にしなくていいのかもしれません。守護霊さんからの、「あなたは女性霊だよ。あまり弱気になるとネガティブ思考になっちゃうから注意しなさい」という警告かも。もっと自分に自信を持ったほうがいいですね。自信を持ちすぎて傲慢にならないように気をつけますけど。

という風に、自分が霊的に女性すなわち女性霊である、ということについて自信をなくしかけていたところ、夢で警告を受けたんじゃないかと思える出来事がありました。私だって肉体に閉じ込められた人間ですし霊的にもまだまだ未熟ですから、時には自信をなくしかけちゃうこともあります。ネガティブ思考にならないように、「死んで霊界に行って霊的な感覚を思い出したら、自分が女性霊であることも、きっと思い出す」と信じて、自信を持って生きていきたいですね。

と思っていたら二日後に、こんな夢を見ました。

2012/06/15

夢では私は、20歳くらいの女性の姿になっていて、心も完全に女性の心でした。そして男性数名と一緒に広い砂漠の中の一本道を歩いていたんですけど、しばらく歩いていたら、まるでSF映画に出てくるような巨大な街並みが現れました。私は「すごーい! 近未来都市ー!」と叫びました。

    砂漠の中に近未来都市があるなんて、まるで中東の霊界のようですね。「日本編-死後世界地図」の秋山さんによれば、それぞれの国にはそれぞれ同じ街並みの風景の霊界があるということなんですけど、なぜ中東の霊界だったんでしょう? 同行していた男性数名はみんな日本人の姿で、私も同じだったんですけどねぇ。それはともかく、前回の夢日記で「自分は本当に女性霊なんだろうか?」と不安を感じていたところに、こういう、姿だけでなく心まで完全に女性だった夢を見て、安心しました。「やっぱり自分は女性霊なんだ」と自信を持って、幼女の心になることを目指してがんばっていきます。

よかったよかった。

それで、よくよく今までの人生を思い返してみると、私っていつも晴れ晴れとした気持ちにはなれずに暗い気持ちで落ち込んでいることが多かったし、昔から自分に自信を持てない日々が続いていたんだな、と思いました。実際、学生時代に兄から「お前暗いな。暗さがにじみ出ているな」と言われたこともあったし、社会に出てからは会社の上司から「もっと自分に自信を持ってくださいね」と散々言われたこともありました。無理もないです。学生時代から体が男であることに相当なコンプレックスを抱えていて激しい葛藤に悩まされて、それが今まで続いていたんですからね。暗くもなるし自信も持てなくなるってもんです。

それで最近気づいたこと。暗い気持ちでいて自信を持てないでいると、自然にマイナス思考に陥ってしまい、そのせいで悪感情を抱いてしまうこともしばしば。そういう精神状態の時ほど夢の内容もよくない。心のよりどころである夢の内容が悪いから暗い気持ちになって自信をなくしてマイナス思考になって悪感情を抱きやすいと、もう負のスパイラルで悪循環なんですよね。で、時々精神状態がよくなると夢の内容も満足のいくものになるんです。夢って心の状態を映し出す鏡みたいで本当に正直だと思います。

ですから私にまず必要なのは、自信を持つこと、そして極力プラス思考になって明るくなることですね。別に表面に出して笑ったりする必要はなくて、心を明るくすればいいんだと思います。自信を持ってプラス思考になる、まずはこれですね。そうすれば、自分が女性霊だということに更に自信が持てることは間違いないですから。うん、それでいこう! 神様を信じれば、きっとうまくいく。

 

また、マイヤースは、想像力の大切さを説いていて、自分で作ってしまった心の型の中に凝り固まってしまわない限りは、人間や霊は想像力によって心の状態を新たに創り出すこともできるし、削ぎ落とすこともできるらしいです。これを私の場合に当てはめれば、想像力によって大人の汚い邪念や男の醜い本能を削ぎ落とすこともできるし、女性の心と無邪気な心をもっともっと発達させて「幼女の心」を創り出すこともできる、ということになります。人間の想像力とはすごいもので、努力次第で自分の心の状態までもガラリと変えることができるんですよね。完全な女性霊になりたい私としては、この文章にはとても勇気づけられました。完全な女性霊になれるようにがんばろう! という気持ちになりました。

とはいうものの、スピリチュアリズムの事実に照らし合わせると、100%完全な女性霊、100%完全な男性霊というのは存在しないそうで、実際は女性的要素の多い霊が女性霊、男性的要素の多い霊が男性霊だということらしいです。どんなに女性らしい女性でも男性の心を残していて、どんなに男性らしい男性でも女性の心を残している、ということらしいです。ですから、私がどんなに女性的な感情や考え方や心を持っていても、霊的には男性の心がほんの僅かに残っている、ということですね。

そっかー、じゃぁ無理して100%完全な女性霊になろうなんて考えないほうがいいんだなぁ。それは霊的に絶対に不可能なことなんだから。今の、女性的な心が非常に強い状態のままでちょうどいいんでしょうね。それで充分に私は立派な女性霊なんですから。

それでも、ごくたまーにわいて出てくる、僅かに残った男の心に対して、

こんなもの要らない! 消えてなくなれ!!

と心の中で叫んでしまいます。ほんとに、男の心が僅かでも残っていることがイヤなんですよ。男の心を完全に消すことは霊的に絶対に不可能なんだから諦めりゃいいのに、往生際が悪いというかなんというか…。まぁそれは潔く諦めるように努力しますハイ…。

 

ちなみに最近では、私生活でも「私」という一人称が自然に出てきます。いえ、誰かを相手にじゃないですよ。そんなの恥ずかしくてできませんから。「私」という一人称が自然に出てくるのは独り言を言っている時とか何かを思っている時とかに限ってです。「私もまだまだ未熟だなぁ」とか「あっ、これ私の仕事じゃん」とかです。もう何も意識しなくても本当に自然に「私」という一人称が出てくるんですよ。遂にここまで来ることができたか! と喜んでいます。今まで以上に女性の心が発達している証拠ですね。

 

ある日、YouTubeで何気なしに「面白い動画はないかな〜」と検索して、リンクをどんどん辿っていったら、なぜかレイプもののAVの一部がアップされていると思われる動画に辿り着きました。もちろんAV女優さんがしっかり演技しているもののようで、実際のレイプ現場ではないようなんですけど、私の心の中で「ただのエッチなお芝居なのに、なんだか怖い。見ちゃいけない。見たら心が壊される」という気持ちがありました。でも、女性としての立場から「一体、レイプされるのってどういう心境なんだろう? どれくらい怖いんだろう?」という怖いもの見たさの気持ちも沸いてきて、オマケに「女優さんがしっかり演技してるだけなんだから、大丈夫だろう」と油断してしまって、ついその動画をクリックしちゃったんです。

………

怖い! 怖すぎる!! もうダメ見てらんない!!

言葉では言い表せないとんでもない恐怖を感じて、途中で見るのをヤメました。心の底から「見なきゃよかった…」と後悔しました。いくら演技でも、プロの女優さんがコレをやると迫真の演技すぎて、もう恐怖心しか伝わってきません。

男の人なら、こういうシチュエーションの動画を見て性的に興奮するのかもしれませんけど、私は全くの正反対でした。他人事しかも演技なのに、もう自分のことのように怖くて怖くて、ただただ恐怖感が襲ってくるばかりで、背筋は冷たくなって体がガクガクブルブル震えてきちゃうし、心にもグサーーーッ! っと何かが刺さったような痛みを感じたし、何というか、本当に「精神的に殺された」という表現がピッタリの気持ちになりましたもん。

今回のことを考えても、本当に私は心が女性、つまり霊的に女性なんだなぁと実感しました。あーほんとに怖かった。二度と見るもんか!(←自分のせいでしょ) っていうか、なんであんな動画に辿り着いたんだろう? 半分寝ボケて操作してたのかな? たぶん魔が差したんでしょうね。

 

またある日、いつものお医者に行ったらけっこう混んでて、待合室で「ジュリアの音信」を読みながら待っていたんですけど、ハッと気づいて自分のふくらはぎと足首の下を見たら、見事に内股になっていました。こういう風に最近では、何も意識しないでもごくごく自然に女性の座り方になっていて自分でも嬉しくなります。かと思ったら隣に座っていた女性は大胆に脚を組んでましたけど。

で、一時間くらい待ったんですけど、診察室に有線放送が流れていて、イージーリスニング的な音楽がランダムに流れていて、そしたらその中に宗次郎の曲が二曲流れました。「心」と「TAO/道」でした。うわ〜いいな〜と思って、そういえば最近ティンホイッスルを吹きに山とか茶畑とかに行ってないよなぁと思いました。やっぱりティンホイッスルも時間を見つけて吹きたいです。

それはともかく、自然に無意識に女性らしい仕草が出てくるようになって、更に女性の心が強くなってきているようで、このまま男の心が完全に消えてくれればいいなーなんて、往生際の悪いことを考えてます(笑)。

 

またある日、精神科のお医者に行ったら、薬局の待合室で50代くらいの男性がこっちを見ながらブツブツ暴言のような言葉を吐いていて、すっごく怖かったです。こっちは目を合わせてもいないのに、向こうが勝手に因縁を付けてきているカンジでした。私が最も苦手とする男性のタイプでしたね。

その帰りに、更新手続きが迫っていた自立支援の更新のために市役所まで行ったんですけど、順番を待っている間、構内のベンチの女性ばかりが座っているスペースに座りました。もうそれだけで「ああ、ホッとする。安心する。落ち着くわ〜」と思いました。ましてや薬局で怖い男性から因縁を付けられた後だったので、尚更そう思いました。

年代はいろいろあれど女性ばかりのスペースに居ると、緊張感は全く無く、ただただ「ああ、ホッとする。安心する。落ち着くわ〜」って思うんです。男性の群れの中に居ると緊張して怖くて息が詰まりそうになりますけど、周りが女性だとリラックスできるんです。やっぱり心が女性だからなんだと思います。

 

それと、これを言うと女性の方々から文句が来そうですけど、巷でよく言われている「女は感情の生き物」「女は子宮で物を考える」というの、実は恥ずかしいことに、私にも当てはまるフシがかなりあったりするんですよ。子宮はありませんけど、お腹の下のほう(要するに子宮の位置に相当する場所)がモヤモヤとしてきて、そこから感情が出ているような気がするんです。ヨガとかでいうところのチャクラと関係あるんでしょうかね?

それに私は論理立てて物を考えて行動するタイプではなく、その場の直感で行動するタイプです。もちろん考えなきゃならない場面ではしっかり・じっくり考えますけど、基本的には直感で、もっと極端な場合は感情だけで動いている場合さえあったりします。それ故に女性特有のヒステリーを起こして、感情がメチャクチャに高ぶって、もう自分でも何が何だか解らなくなっちゃうことがあります。「キーーーッ!」ってなるんです。はい、女性としてとっても恥ずかしいことだと思っています。あ、もちろん大昔とは違って、今ではヒステリーを起こしても周りに八つ当たりしたり物を壊したりすることは一切無いですよー。

職場の上司からは「めあさんは物腰が柔らかいし、雰囲気とか仕草が女性っぽくて、姿はともかく心が可愛らしいんだよなぁ」と言われたことがあって、それは女性特有の長所だと思うのでいいんですけど、ヒステリーなんていう女性特有の短所まで同居しちゃってるから困ったもんです。

スピリチュアリズム普及会(旧・心の道場)さんのニューズレターによれば、人間界での修行課題として、「男性はいかにして性欲を抑えることができるか、女性はいかにして感情のコントロールができるか」が課題なんだそうです。言われてみるとその通りで、ホントに感情が言うことを聞いてくれないことが多くて、自分でも困っています。なんでこんなに感情だけが暴走してんのー!? ってカンジで自分のヒステリーに呆れることさえあります。

え? そこまで自覚してるんなら直せって? それができれば苦労しませーーーん! 直すように努力はしているんですけど、これは持って生まれた性格だしなぁ…。思い起こせば子供の頃から直感と感情で動いて、時々ヒステリーも起こしていましたからねぇ…。やっぱり私って、生まれついての女性霊なんでしょうね。っていうか、魂自体は中性(これは誰でもそうです)なんだけど、私の場合は、いくつか前の前世から、あるいは直前の前世で、女性的な性格を良くも悪くも発達させすぎたのかもしれません。それで今の私がある、と。

「ったくもー、これじゃー、男の体でいることに激しい違和感と嫌悪感とコンプレックスを抱いても無理ないわー。むしろ抱かないほうがおかしいわー」と、妙に納得した次第です。納得してる場合じゃないんですけどね。

とにかく、私の今回の人生の課題は、幼女の心になることが最大の課題であることはもちろんだけど、その他に、女性特有の短所であるヒステリーを抑えるために感情のコントロールをうまくできるようになることも課題の一つなんだと思います。

ネット友人を引き合いに出して申し訳ないんですけど、彼女は女性なのにサバサバしていて、女性にありがちなドロドロしたネガティブな心が殆ど無いといってもいいほどアッサリしてて、尊敬しちゃいます。ネットで彼女の言動や考え方を見るたびに、「ああ、私は体は男のくせに、心は女性のネガティブな部分ばっかりを持ってる。これではいけない。男の心なんかハナっから未練無いしマジで完全に消えちゃっていいけど(←ゴミ箱にポイッとね☆)、とにかく女性特有の短所を直したい。そして女性特有の長所である、優しくて無邪気で可愛らしい心を持ちたい! その全てが幼女の心にも繋がるから、なおのこと重要だ。もっと心の修行をがんばらなきゃ!」と思います。

 

で、霊界で4歳幼女になったら、一つの「別の願望」があったりします。「幼女化願望についての独り言」から抜粋しますけど、

2013/07/19

最近では毎日、起きている時に約30分間くらい幼女の心になれていることは別のページで書いたとおりなんですけど、昨夜、仕事に出かけようと思って準備していたら、近所の路上を酔っ払いの中年男性がクダまいて歩いてました。何やら「こんな世の中生きてても仕方ねえんだ〜。死んだほうがいいんだ〜」とか言ってました。会社で何かあったのか、それとも家庭でなのかは解りませんけど、ふと、「もしここが霊界で、私が幼女の心と姿になっていたとしたら、あの男性に向かってきっとこう言うだろうな」と思って、ちっちゃい女の子が一人称を使う時に自分の名前に「ちゃん」を付けるのと同じように、一人称を「めあちゃん」として、男性に話しかけてるつもりで、幼女になり切って自室で一人ごちてみました。

    「おじちゃん、どしたの? ヤケになっちゃダメだよ。めあちゃんでよかったら、いっくらでもお話相手になったげるから、めあちゃんにぜーーーんぶお話しちゃって。吐き出したいこと、たっくさんあるんでしょ? ぜーーーんぶ喋っちゃっていいよ。そしたら、おじちゃんの気持ちも少しはスッキリすると思うの。ね? おじちゃん、だからもうヤケにならないでね。お願い」

なーんて風に。…くくく、ちょっとーヤダもうー。何やってんだろ私。でもチョ〜ハマりすぎ。自分でやっといて自分でウケて、手足ぶんぶんさせて幼女のようにはしゃぎ回ってしまいましたよ。私ってば本気で幼女の心モードになると、ホントにこんなカンジの口調になるからなー。

いえ、ホントはふざけるつもりはなかったんですよ。「死んだほうがいいんだ〜」なんて言ってるものだから、できれば「最大の過ち・自殺について」のページのアドレスでも教えたかったんですよ。でも相手は酔っ払いの、しかも中年男性。「なんかの宗教の勧誘かコラ!」とか言って絡まれたら怖いじゃないですか。ただでさえ男性恐怖症だし、それに出勤間際だったし。でも、もしあの男性がパソコンかケータイを持っていたら、先のページを見てくれることを願うだけです。私にはそれしかできません。

だから仕方が無いので、「もしここが霊界で〜」という妄想話で気を紛らわしたんですわ。

でも、もし本当に死後、霊界で今回のような出来事に遭遇したら、今度こそ私は幼女の心と姿になって、あの中年男性を「おじちゃん、大丈夫だよ。めあちゃんが付いてるからね。安心して」と優しく抱きしめてあげたいです。幼女になって、人生に疲れた中年男性を抱きしめて励ましてあげる(もちろん変な意味ではなく)、それも立派な愛の与え方の一つですよね。そういうシチュエーションって実は密かに憧れていたりします。それが例えばピーター・フォークとかパトリック・マッグーハンとかロバート・カルプ似の優しくてシブ〜イ中年男性だったら、私はもう喜んで抱きついちゃいます(←オヤジ好き)。おっとヨダレが…いけないいけない。

こういう妄想を抱くのは、10年ほど前に父の一方的な都合で父とコミュニケーションを殆ど取らせてもらえないまま死なれてしまったのが悔やまれて、その辺の物足りなさ・寂しさが、オヤジ好きなシチュエーションを妄想させるのかもしれませんね。うん、きっとそうだ。お父さん、今頃霊界でどうしてるだろうなー。私の幼女化願望を知って呆れてるんじゃないかしら…。「こんなナヨナヨしたみすぼらしい息子を持った覚えは…」とか言ってたりして。ま、いっけどね。それかもうとっくに再生してるかなー。霊界に帰ったら一目でいいから会えればいいなー。

というワケで、毎日順調に幼女の心になることができています。短時間しかなれない日もあるけど、けっこう長時間なれる日もあるので、平均すると一日約30分間くらいですね。もっとコンスタントに長時間なれるように今後も修行がんばろう!

次は夢日記から抜粋しますけど、

2013/08/07

夢では私は、何歳かは解らないけど幼女(女子園児)の心と姿と声になっていて、白いドレスを着て、ダンスパーティーの会場のような所に居ました。会場ではチークタイムになって、私は誰か素敵な相手を探したんですけど見つからなくて、「シブくて素敵なおじさまは、なかなか居ないなぁ〜」と言いました。そしたら側に居た20代後半くらいの男性が「おじさまじゃなくたっていいだろ、めあ、俺でガマンしろ」と言ってきたので、私は「ん、わかったー」と言って、その男性とチークを踊りました。以下、その時の会話です。

 

私「シブくて素敵なおじさまは、なかなか居ないなぁ〜」
男性「おじさまじゃなくたっていいだろ、めあ、俺でガマンしろ。さぁ踊ろうぜ」
私「ん、わかったー。(おじさまとダンスできないことを残念がって、男性とダンスをしながらため息混じりに)あ〜あ〜…ん〜ん〜…はぁ〜…」
男性「なんだよ。いかにもつまんなさそうな顔しやがって。よっぽど俺とダンスするのがイヤなようだな」
私「(慌てて両手のひらをブンブン振って)う、ううん、そんなことないよ。めあちゃん楽しいよ。あはは、あはは、たのしーなー。あはははははは! らんららんらら〜ん」
男性「いいよ…気を使うなよ…どうせ俺はシブくて素敵なおじさまじゃないからな。めあはシブいおじさまのことしか頭に無いみたいで、俺は寂しいよ…どうせ俺はお前の好みの男じゃないよ…」
私「ううん、あなただって素敵だよ。だってすっごく優しいじゃん。ありがとー! とっても楽しかったー! また遊んでねー!
    (思いっきり両手を振って)ばっばーーーい! (そして男性と別れた後で)…はぁ…やっぱりシブくて素敵なおじさまとダンスしたかったなぁ…」

 

    私のオヤジ好きは健在ですね(笑)。チークを踊った男性は、一見見知らぬ顔だったんですけど、以前から知っているような親しみのある雰囲気をしていました。実際、親しそうな会話をしていましたから。霊界でのただのお友達かもしれませんけど、類魂のメンバーとかだったら嬉しいです。幼女の心と姿になれていたことも、すっごく嬉しかったです。

という風に、霊界で4歳幼女になったら、優しくてシブイ中年男性に遊び相手になってほしいと思っています。もちろんエッチな意味なんて皆無で、とにかく、そういう男性に優しさという名の愛を注ぎたい、できれば一緒にダンスとかも踊ってほしい、んで、できれば一緒に遊園地とか映画館とか公園とかに行って遊んでほしい。こういう、「幼女の視点から見た、素敵なお父さんのような存在」がほしいですね。

私は無条件に男性に対して優しさという愛を注ぎ、男性は私を自分の子供のように可愛がってくれる、こんな清い関係ができたら嬉しいです。ピーター・フォークとかパトリック・マッグーハンとかロバート・カルプで解らなかったら、チョ〜有名どころで、「インディジョーンズ」のハリソン・フォードとか、好きですねー。とにかく、いい年の取り方をしている中年男性が好きです(そういえば、ハリソン・フォードについては、柊あおいさんも少女雑誌「りぼん」のコメントで大好きだと言っていましたっけ)。

人間界で男の姿でこんなことを言ったら即ホモ扱いされるでしょうけど、私はホモじゃないし、「女の子として」そういう中年男性が好きなんですよ。そこのところ、誤解のなきようにお願いしますです。ただのオヤジ好きなのか父性愛に飢えているのかは解りませんけどね。

 

ところで、昔の私は、髪の毛が腰までありました。こんな風に。写真は髪の毛を右側の胸の前で縛って垂らした状態です。

ちなみに着ているのはオーバーオールですけど、髪の毛がショルダーバッグに届きそうなくらいに長かったです。でも10年前に仕事を変えた時、さすがにここまで伸ばすことは許されなかったので、一旦ショートカットにまで短くさせられました。その時のショックは、かなりのものでした。ショートカットは女の子でも通用することはしますけど、それまで長年伸ばしてきた髪の毛をバッサリ切ることによって、自分の中の「女の子の心」が失われてしまった気がしたものでした。

でもさすがに10年間も勤めていると上司も融通が利くようになってくるもので、「お客さんが不快にならないくらいの長さまでなら伸ばしてもいいよ」となったので、最近ではまた伸ばし始めています。今やっと後ろでゴムやシュシュで縛れる程度には伸びてきました。久しぶりに髪の毛を後ろで縛ってみた時の嬉しさといったら、もう、たまりませんでした。今の髪の毛の長さは、大体高校時代の長さですね。

私は、髪の毛を伸ばしている時は本当に、精神的にしっくりくるし安心するし落ち着くし、「ああ、これが本来の自分だ。ホッとする〜」という気持ちでいっぱいになります。やっぱり、髪の毛は女の子の命ですもん。「めあちゃん女の子だから髪の毛伸ばすと嬉しいの〜。男みたいに短髪なんて絶対にイヤなの〜。とんでもないの〜」ってカンジですね。やっぱり私は人間的にも霊的にも女性なのです。自覚ありまくりです。

ホントは、また昔みたいに腰まで伸ばしたいけど、さすがに上司から怒られるので、今よりも、もうちょっと伸ばした程度にしようかなと思います。腰まで伸ばしていた当時は「カラスの濡れ羽色」と言われるほどに髪質が良くて、女性からも嫉妬された(笑)んですけど、今はさすがにそこまでのツヤは無くなってきましたから、あまり伸ばしすぎても逆に恥ずかしいような気もするので。

ところで写真の私、お腹が僅かにポッコリ出てて、お尻が大きくて、ちょっと女性っぽい体つきでしょ? 子供時代から女性ホルモンが多かったために、女性っぽい肉付きになっているようです。あ、女性ホルモン投与とかは全然やったことないです。

 

あと、私はアグラはかきません、っていうか、精神的に抵抗があって、かけません。ずーっと昔はかけていたんですけど、最近ではかけなくなっちゃいました。なんかこう精神的に、アグラをかくことにすっごく抵抗があるんですよ。なので床に座る時は、正座か、アヒル座り(女の子座り)か、脚をまっすぐ伸ばしてカカトまでピシッとくっつけて座るか、その状態で体育座りをするか、内股になって体育座りをするか、いずれかですね。イスに座る時も同じで、脚をカカトまでピシッとくっつけるか、内股になって座ります。そういう時には、心から「ああ、安心する〜。落ち着くわ〜」と感じるんですよ。動画の踊りをマネっこする時にも完全に内股です。

女性が無意識に脚を揃えて座ったり内股になるのは、骨格の関係もあるんでしょうけど、女性特有の「子宮を守る本能」が働いて、そうなるらしいですね。

それと、以前は、床に座る時に頻繁に横座りをしていた時期もあったんですけど、どうやら横座りは一般的にも言われているように腰に悪いらしく、私もそれで腰を若干痛めたことがあるので、やむなく横座りだけはあまりやらないことにしています。ほんとは頻繁にやりたいんですけど、ま、仕方なく。

余談ですけど、私はオートマの車を運転する時には、常に左足ブレーキを使います。左足ブレーキを使うと、自然に脚がカカトまでピシッとくっつくようになって、やっぱり、「ああ、安心する〜。落ち着くわ〜」という気持ちになります。社用車がオートマなので、仕事中も常に「女性として安心して落ち着いている状態」です(笑)。っていうか、脚をカカトまでピシッとくっつけて運転したいから左足ブレーキをがんばって練習してマスターした、と言っても過言ではありません。それくらい、脚を開いて座るのはイヤなんですよ。

精神的な事情でアグラをかけない、脚をガバッと広げて座れないというのは、やっぱり私は霊的に女性なんだということを再認識しました。女性特有の「子宮を守る本能」も働いているんでしょう。私には子宮ないけど(笑)、ま、精神的に自然にそうなっているんでしょうね。

 

ちょっと恥ずかしい話なんですけど、最近ふと思ったこと。「睡眠中の出来事について」や「GID(性同一性障害)を考える」でも書いているように、私の前世は女性で、若い頃はかなりの美人だったようで、おまけにヨットハーバーの見える街で遊んで暮らしていて、お酒やセックスなどの快楽にばっかり溺れて、自分の美貌にうぬぼれて男をとっかえひっかえしながら弄んでいたんじゃないかなーと改めて思います。そのクソビッチな性格が今世にも引き継がれていて、体こそ男だけど心は女性の立場になりきって・・・まー・・・そのー・・・なんだー・・・あれこれ妄想することが多いんですよ。「男性の立場から妄想するのなんてヤダ。女性の立場になってあれこれされたい」って風に妄想することがヒジョーに多いんです。

まーーー、つまり前世の私は、いわゆるひとつの「淫乱女」だったんじゃないかなーと思います。でも死後守護霊さんとかと話し合って、「ただの淫乱女じゃ魂の修行にとってよくない」って話になって、今世ではあえて男の体に生まれて淫乱女ぶりを発揮できないようにして、「もっと心を大事にする」ってことを今世の課題にして生まれてきたんじゃないかなーと思うんですよね。

そう考えると、体質上お酒が全く飲めない(アルコールを分解する酵素が極端に少なく、僅かでも飲んだら命にかかわる)こととか、今世での自分の性別や容姿に対する葛藤とか、妄想する時に自分の立場を女性の立場にして妄想したい、って思うことの原因が割とスンナリ説明がついちゃうんですわ。これが今世での修行課題なんじゃないかなーって。

そういう、私のような、前世で心を磨く努力を一切しなかったクソビッチな淫乱女が寿命で死んで霊界に行っても、そう簡単に清らかな聖人君子になれるハズもなく、その性格を引き継いだまま今世にあえて男として生まれてきて、心の変革をするためにがんばる、それが今世でのいちばん大きな課題のような気がします。

というワケで、このページのタイトルを「私は霊的に女性だけど本能的にはクソビッチな淫乱女」に変えてもいいんじゃないかって思うくらい(笑)、それくらいスンナリ納得がいったんですよねー。

いや納得してる場合じゃないか(笑)。とにかく、今世でどれくらい清らかな心になれるか、がんばってみたいです。

 

脳の性別診断、やってみました。

http://homepage1.nifty.com/apartment/shindan/

何も意識せずに普通に答えてみたら、結果は・・・

脳の性別診断

診断結果

あなたは・・一般的な女性の脳の持ち主です。

あなたは、一般的な女性の脳の持ち主です。
あなたは、一般的に女性の脳が持っている特徴を、多く持っています。
あなたは、どちらかと言うと、冷静で論理的に物事を考えることができないタイプで、すぐ感情に左右される傾向もあります。

また、どちらかと言うと、男性が何を考えているのか理解できないタイプです。
その反面、感情が豊かで、他人とのコミニュケーションを大切にする性格でもあり、
どちらかと言うと、友人を多く作り、他人とのふれあいに喜びを感じるタイプです。

また、洞察力があり、わずかな情報で物事を深く認識する事ができ、勘が鋭く、思いがけない方法で問題を解決するのを得意とするタイプでもあります。

でした。脳の構造まで女だったとは我ながら意外でした。でも友人は多くないし、友人が少なくても深い付き合いのほうが大事、っていう考えなんですけどね。

やっぱり、心も脳も女なんだろうか・・・我ながら逆に怖くなってきたぞ。魂のバランス的には中性が理想的らしいから、私は心が女に偏りすぎてるのか? それにしては綺麗好きじゃないし、むしろ部屋はすっごく汚いし、男性的な部分もけっこうあると思うんだけどなぁ。こんなヤツが心も脳も女だなんて、我ながら信じられないな。

・・・でも、ちょっぴりばんざーいw

 

 

ええと、ちょっと珍しく(?)シモの話になるのでご注意ください。

2〜3年前から、配達で車を降りたり乗ったりを繰り返していると、車に乗り込んでシートに座った時に、ものすごい違和感と不快感を感じることが多くなりました。何がって、男性性器があることが、です。男性ならおわかりでしょうけど、いわゆる「ポジションが悪い」状態で、その不快感があまりにも強すぎて、まるで「靴下の中に巨大な異物が入り込んで気持ち悪くて、さっさと排除しちゃいたい」っていうような感覚になるんです。

もうね、乗り込むたびに「んもーう! 気持ち悪くてヤダ!」と言ってソッコーで直します。その作業がまた自分でもイヤでイヤで・・・

パンツがきつくてそうなるのかなと思って緩めのにしても同じで、違和感と不快感は変わらず。今これを正座とか横座りとかアヒル座りして書いている時も股間に違和感と不快感があってイヤになります。立ち上がっている時はほとんど感じないのだけど、座った途端に感じます。なんで最近になってまたこうなったんだ? アグラをかいた時だけはほとんど感じないんですけどアグラだけはかきたくないしなー。

まだ少年と呼べる年だった頃も、同じ理由で本当に男性性器を取っぱらっちゃいたいと思ったことが多かったです。「またこの変なカンジか。なんでこんなモンが付いてんの? 要らない! ジャマ!!」と思ったことも多く、成人してから一時期は収まっていたんですけど、最近になってまた当時の感覚が蘇ってきちゃって・・・

本当に、極端にポジションが悪い時の不快感に加えて、物理的に余計なモンが付いてるという意味で「男性性器要らない。ジャマ」って思ってます。もうその場で「えいやっ」て引っ張って取っちゃいたい衝動にかられます。いや本当にそうしたら大怪我&死ぬほど痛い&大出血するのでやりませんけど(アタリマエだ)。

ただ、付いてて便利なことが一つだけ。それは立ちショ○ができることです。仕事は夜中の運転なので、誰にも見られないような場所に行きさえすれば、その場でサッと済ますことができる、これが手軽で便利。でもその時に思うのは、

「ああ、こういう時だけは男の体は便利でありがたいよなぁ。本当にこういう時 だ け は。でもそれ以外は・・・ダメだ。受け入れられないわー。今こうして用を足してる自分自身の行動がイヤで恥ずかしくてたまらないわー。自己嫌悪で落ち込むわー」

って思うんです。

女性だった前世では当時の自分の体をどう思ってたのかな? 「女の体っていろいろ不便で厄介。なんでも気軽にできる男の人が羨ましい」とか思ってたのかな? わかんないですけどね。

でもまー、今になって手術で取っちゃうのもきっとえらくお金がかかるし、ただでさえ貧乏だし、家族から猛反対食らうに決まってるし、何より親を悲しませることになるし、自分さえコレを受け入れられればいいんだし。仕方が無い。今世の修行と思って諦めるしかないか。

あ、女性性器が欲しいと思っているのではないです。そーゆう意味ではないです。男性性器が要らないってだけの話です。股間がのっぺらぼうで、ただ排泄さえできればいい、そう思ってるだけですので誤解のなきように。

 

おまけ。えーと、先日致し方ない事情で雪道を三時間ほど歩かなければならなかった時、いやに足が外側に横滑りするなー変だなーと思って、いろいろ自分の歩き方を研究してたら気づいたこと。私はどうやら自覚が無かっただけで、X脚だったみたいです。


こんなの

X脚なのに無理してO脚っぽい歩き方をしてたから変な方向にチカラがかかって横滑りするってことがわかりました。

結果、現在では内股で歩いたり、走る時も内股で走ったり、階段を上り下りする時も内股でやると、足腰に負担がかからなくなったんですよ。いやマジで。今までは「なんでこんなに足腰が痛くなりやすいんだろう?」と不思議に思ってたのが、全ての動作を内股にしたら殆ど解決しちゃったワケなんです。ヒザの内側が擦れるくらいの内股で歩くと、足に負担がかからなくて済むこともわかりました。

今まで全然意識したことがなかったので、生まれつきX脚だったのかはわかりません。でも体を動かす仕事をやっていることもあり、足腰への負担がかなり軽くなるのなら、喜んで内股生活続けますわ。

 

それにしても、最近、女性だった前世を思い出しては、「ああ、やっぱり女の子として生きたあの人生は、きらびやかで華やかで可愛らしくて、本当に本当に素晴らしいものだったなぁ」と、つくづく思います。


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