◇願望の詳細について◇


マイヤースは、人間界を始めとして霊界を界層別に分けて説明しています。もっとも、実際に霊界が段階的な界層に分かれているわけではなくて、意識のレベルに応じた各人の能力値のようなものらしいですけど、マイヤースは解りやすいように界層別にして説明しています。人間界、中間境、夢幻界、色彩界、光焔界(こうえんかい)、光明界、超越界となっているそうです。

この中で私が着眼したのは、色彩界です。マイヤースは色彩界のことを別名「エイドスの世界」とも呼んでいます。色彩界=エイドスの世界ということですね。ではなぜ着眼したのか、その理由をご説明します。エイドスの世界の一つ下の世界である夢幻界から順を追って説明します。

人間が死んで幽体になれば、精神力が相当なパワーを発揮することができて、夢幻界でさえ、意念のチカラで自分の姿をかなりのところまで変えることができるそうです。更に夢幻界の上層部では、意念の集中の方法のコツを掴みさえすれば、自分の姿に自由に色彩を付けることもできるそうです。

このように、夢幻界ではまだ自分の形態を変化させることには、ある程度の限界があることが解ります。夢幻界では、若かった頃の自分・幼かった頃の自分の姿になったり、顔かたちや体つきを整形することくらいならばできるようです。

ところが、もっと驚きなのは夢幻界の一つ上の界層の、エイドスの世界です。エイドスの世界では、かなり発達した想像力によって自分の姿を自由自在に変えて、ウットリ悦に入る霊も居るらしいです。エイドスの世界では、思いのままの形態に自分を変えられる、美の極致といえる形態をまとえるんです。

私は、霊界に行って、自分の姿を自由自在に変えてみたいと心底思っているので、エイドスの世界に惹かれるんです。私がマイヤースの通信に興味を持ったのは、まずこのことがきっかけだったのですから。

なお、参考までに。エイドスよりも上の世界となると、人間的な想像力による形態(姿かたち)からは完全に縁を切って、形態を持たない状態へと体が変化します。こうなると、もはや人間の姿での生活はできません。もちろん霊界で向上することは、殆どの霊が望んでいることでしょう。誰もが少しでも上の世界に上がりたいと思うことでしょう。

でも私は、あくまでも「形態に宿った生活がしたい」のです。それはすなわち、私はまだまだ人間的な価値観や概念から離れられずにいるということになります。そういう私のような人間には、霊界での目標をあまりに高くし過ぎると挫折してしまうことにもなりかねないので、とりあえず人間界に居る間は、最終目標はエイドスまでにしたほうが、私には分相応なのでしょう。

ですので今の私の最終目標は、エイドスの世界で暮らすことなんです。

マイヤースが本文中でエイドスのことを「最初の天国」と呼んでいるのも頷けます。天国や地獄という場所は実際には存在しなくて、その人の意識レベルの状態に過ぎないんですけど、天国や地獄という言葉を単に比喩的に用いるのであれば面白いでしょう。

エイドスの世界で、自分の姿を本当の意味で自由自在に変えられる、美の極致の姿になる。そしてウットリと悦に入ることができるなんて、とっても素敵だと思いませんか? こんなことを考えるのは私だけかしら? う〜ん…。

私はエイドスの世界に憧れてはいますけど、いきなり行けるわけはありません。まずは夢幻界での生活をじっくりしなければいけません。エイドスの世界に行く前に、夢幻界で可愛い幼女の姿になることを目指すほうが先です。自分の幼女化願望をかなえるための大切な研究材料になったマイヤースの書籍には本当に感謝しています。

夢幻界の上層部ならば変身能力もかなりアップするので、幼女化願望をかなえるためだけだったら、私の目標はエイドスの世界ではなく夢幻界の上層部だけでもいいでしょう。まずは夢幻界の上層部を目指して、人間界で修行を積むのみです。エイドスの世界はあくまでも「最終」目標ですから、少なくとも人間界に居る間は脇に置いといてもいいのかもしれません。

 

先述のことを踏まえた上で、私が霊界で望んでいることは、「霊界で可愛い4歳幼女の姿になりたい」ということです。その他にもいろんな姿になりたいとも思っていますけど、一番の願望は「可愛い4歳幼女の姿になりたい」のです。

「なぜ成長した女性の姿ではなく、4歳幼女の姿かたちにこだわるのか?」ときかれたら、「その年頃の幼女の姿が一番美しいから」と答えるしかありません。こればっかりはそう思うのですから仕方がありません。それは私の、女性としての観点から考えても同じです。ちなみに、4歳0ヶ月つまり4歳になったばかりという設定が理想です。4歳になったばかりというと幼稚園の年少さんですが、その年頃の幼女は、娘を持つ親にとっても一番可愛い盛りなのではないでしょうか。

もちろん、幼女の姿になって悪いことに利用する、などということはカケラも考えていません。ただ単に、可愛い幼女である自分の姿を見て、ウットリと悦に入ることをしたいだけです。それさえできれば私は他には何も要りません。ただ、霊界の構造や秩序を学ぶかたわら、精神統一の修行を続けるのみです。

私は男ですが、いわゆるロリコンではありません。なぜならば、もし私がロリコンだったとしたら、私の願望は「霊界で幼女とお友達になりたい」とか「霊界で幼女と永遠に付き合いたい」という、下劣な願望になってしまうからです。そんな下劣な願望には私は全く興味はありません。ただ単に「幼女としての自分の姿に酔いしれたい」ということで、あくまでも「可愛い・美しい姿になりたい」だけなのです。自分自身が幼女に変身したいだけであり、ロリコンとは全く違う感覚なのです。その証拠(?)を書きます。2011/10/23の夢日記から抜粋。

2011/10/23

夢では男のままでしたけど、私はその場に座っていて、向かいには水着を着た5歳くらいの幼女が立っていました。そしたら彼女はなぜか私の顔に下腹部をすり付けてきたんですけど、私は何も感じず、すぐに彼女を押しのけました。

    なぜ彼女があんなことをしてきたのか解りませんけど、幼女に性的な誘惑をされても本当に何も感じなかったどころか、むしろイヤでしたね。「そんなはしたないマネをしちゃダメよ」と思いましたもん。これを考えても、私がロリコンではなく、純粋に自分自身が幼女に変身したいと願っていることの証明であり、心が女性になり切っていることの証明ですね。それらを再認識できて、よかったです。そういう健全な意味ではいい夢でした。

    でもなぜあの子はあんなマネを? 低級霊が幼女に化けて私をからかう目的で誘惑してきたのかと一瞬思いましたけど、低級霊はその霊格の低さゆえに変身能力が極めて低いので、低級霊ではなかったんでしょう。本物の幼女の霊が意味も解らずに遊び半分でやったことだったのかもしれませんね。

これで、私がロリコンではないことがお解りでしょう。

幼女というのは健康的な可愛さがありますからね。そして「霊界において幼女の姿で何か役立つことを見つけて、霊界の人々に尽くしたい」ということも考えています。

こんな願望を持ったのも、私が昔から少女漫画を愛読していたからかもしれません。少女漫画を読んで「ああ、こんな純粋無垢な心の幼女になりたい。心まで幼女の心になるのは無理としても、せめて姿だけでもなりたい。そして、可愛いドレスを着て健康的な可愛さを振りまきたい」と、いつも思っていたせいでしょう。

 

私が常日頃願っていること、つまり霊界での願望について、私は、願望の内容をプリントアウトして、いつも枕もとに置きながら、祈りながら眠っています。

 

−−− プリントアウトの内容ここから −−−

以下の文章は冗談で書いているのではなく、極めて真面目な気持ちで書いています。

私は、死んで肉体が滅んで、魂が霊界に行った時、神様に願望をかなえてもらいたいと思っています。その願望を書きます。

「霊界に行って、永遠に可愛い4歳幼女の姿になって、修行をしたい! そしてその姿でティンホイッスルを吹いて、霊界の人たちの心を和ませてあげたい!」

「永遠に可愛い」というのは、もちろん、「永遠に歳を取らずに、永遠に可愛い姿のままでいられる」という意味です。また、「可愛い4歳幼女の姿」とは、例えば、5歳だった頃の山内菜々さんや、4歳だった頃の藤井杏奈さんのような姿です。山内菜々さんや藤井杏奈さんそのものの姿になってはまずいですから、それくらいの可愛さになりたい、という意味です。

可愛い4歳幼女の姿になって、その姿でティンホイッスルを吹く、これは考えただけで胸が高鳴りますし、霊界の人たちも私の姿を見ていて、演奏を聴いていて、かなり楽しいんじゃないでしょうか。霊界の人たちを楽しませてあげる・喜ばせてあげる、という意味でも霊界の秩序にのっとっていますし。幼女化願望とティンホイッスル演奏願望、この願望は、何が何でもかなえてほしい願望です。

こういう願望を、私は、極めて真面目な気持ちで、ずーーーっと抱いているのです。この願望がかなうならば、私は人間界には生まれ変わらずに永遠に霊界で暮らしたいと思っています(もっとも、類魂のリーダーがそれを認めてくれず、最終的な判断は私の自由意志に任されているとはいえ、再生への道を仕方なく選ばなければならない場合もありますけど…)。

ただ一つだけ気がかりなことがあります。ティンホイッスル演奏願望はともかく、神様が私の幼女化願望という極めて特殊な願望を認めてくれるかどうか、不安なのです。

神様、お願いですから、私のこの、霊界での願望をかなえてください! 心からお願いします! 日々の反省の気持ちも、自問自答の気持ちも、神様に対する祈りの気持ちも忘れません。霊界の存在も、神様の存在も頑なに信じています。ですからどうか、私の霊界での願望をかなえてください!

本当に、心からお願いします!

−−− プリントアウトの内容ここまで −−−

 

たぶん大多数の人がこれを読んでヒイたと思いますけど、私は本気で次のことを思っています。

私はもしかしたら、前回の人間界での生活、俗に言う前世では女性で、いい意味でも悪い意味でも、女性的な性格がとりわけ強かったのかもしれません。その性格が今生まで持ち越されて、女性的な性格を持った男性となったのでは? と思うんです。実際私は、女性ものの本や漫画や小説を読んでも、まったく違和感なく入っていけますから。逆に、男男したものは大変苦手で、ゴツイ少年漫画なんて表紙を見るのもダメです。男っぽい絵や物語は受け付けないんですよ。

それで今生では女性的な性格と男性としての体がぶつかり合ってコンプレックスになり、自然に自虐的で破壊的になり、物に暴力をふるうにまでなってしまったのかも、と。もちろん今ではその暴力的な性格は直っていますけどね。そしてGID的な要素をかなり持っていることまでをも自認して、自分のことがかなり解ってきたこともあり、今では心がとても落ち着いています。

ですから、今の私の「幼女になりたい」という願望は、案外、女性だった自分の前世を本能的に、魂の根源的な部分で感じているような気がするんです。魂の奥底で「あの時が懐かしい・あの時の自分に戻りたい」と願っているのかも、と。もちろん私の前世の姿が山内菜々さんや藤井杏奈さんのような超絶に可愛い女の子だったハズはありません! が、できればそうなりたいですし、女性の姿になるなら誰でも可愛くなりたいと思うものでしょう。

でも今生の男性としての人生は、男性じゃなければ経験できないような修行があって、その修行をするために男性として生まれてくる必要があったのでしょう。それはそれで仕方がありません。霊界に帰る時まで、与えられた今生を頑張って生きるだけです。

私の「幼女になりたい」という願望は、そういった前世についての思いの上に持っているので、私は自分のことを特に変人だとは思っていません。今生ではたまたま男性として生まれたとはいえ、たぶん私のこの願望は、一般の大人の女性が「若くて美しかった頃の自分に戻りたい!」と切願するのと同じ心境だと思うんです。

さて、最初に書いた願望のハナシに戻って、2005年の春頃に書いた夢日記から抜粋しますけど、

2005/春頃

「霊界で、山内菜々ちゃんのような可愛い5歳幼女の姿になりたいんです。神様、この願望をかなえてください。心からお願いします!」

という、プリントアウトした願書(?)を枕もとに置いて眠った時、本当に夢の中で私は山内菜々ちゃんの姿になっていたのでした。そういう気がしたというのではなくて、本当に自分の目線だったから間違いなく変身していたことになります。しかも、周りからしきりに「可愛い〜、可愛い〜」と言われながら夢の中の町を歩いていたのでした。

    すごく照れくさかったけど、あれぞビギナーズラックだったのかしら? それとも私があまりにも必死に祈ったから、祈りを聞き届けてくださった神様のパワーが指導霊さんや守護霊さんを通じて、私に与えてくれたごほうびだったのかしら?

    いずれにしても今までで最高に嬉しい夢だったんだけど、喜んでばかりもいられません。彼女の姿でとある建物の教室に入って誰かと会話している時に、初めは幼女のカン高い声だったのが、すぐに私本来の男の低い声になってしまったんです。だから変身したのはほんの一時だけで、あれはビギナーズラックな要素も割とあったように思えたからなんです。

    ビギナーズラックならばそれに溺れずに、自分の願望の強さをいつも保っていることが大事ですね。願望の強さを保つ=願望モチベーションとでも言いましょうか。同時に、ビギナーズラックであったにしても神様たちが祈りを聞き届けてくださったことには変わりないです。神様たちには心から感謝しています。

    それに、ああいう嬉しい体験をさせてもらえたことは、神様たちからの「心から真剣に祈れば霊界での願望はかなうんだよ。だから人間界での修行を頑張りなさい」という励ましの言葉をいただいたとも言えるし。だとすれば尚更頑張れるというものです。

という風に、本当に夢の中で幼女化願望がかなっちゃったことがあったんですよ。その後幼女になった夢を時々見るようになったのは、夢日記の過去ログを見てのとおりです。特に、今まで見た夢の中で最高だったのが、以下の二つの夢です。

2012/05/07

夢では私は、5歳0ヶ月の幼女の姿になっていて、体型も完全に5歳幼女の体型になっていて、それでいて脚が長くてプロポーションもよくて、髪型をやや長めのおかっぱ頭にして前髪をギリギリまで下げて、顔つきは5歳当時の山内菜々さんによく似ていて、声は男の地声と小林星蘭さんにソックリなカン高い声を使い分けていました。その状態で私は、人間界での旧友の成人男性と一緒に幼稚園の園舎の中に居て、旧友は普通の成人男性の身なりをしていたんですけど、私はその幼稚園の制服である水色のスモックにピンクのスカートという身なりをしていました。その幼稚園は水色のスモックというのは男女共通でしたけど、女の子がピンクのスカートで男の子が黄色の短パンという制服だったので、私は女の子の制服姿になっていたのでした。

旧友は私の正体が成人男性であることを知った上で常に行動を共にしていたんですけど、旧友は私に向かって「その姿なら完全に幼女だってみんな信じるし、あとはバレないように声色をうまく作って、女子園児を演じてみなよ」と耳打ちをしてきたので、私は先に書いたように小林星蘭さんソックリの声で、園舎の中に居た園児たちと会話をしていました。そしてわざと漢字が読めないフリをして、黒板に書かれている文字のひらがな部分だけを読んだりしていたんですけど、周りの園児たちは私が女子園児だということを完全に信じてくれたようでした。その会話の中である園児が私に向かって「名前なんていうの? それから何歳?」ときいてきたので、私は「鈴子っていうの。5歳0ヶ月だよ」と答えたんですけど、年齢のこともやはり信じてくれたようでした。

そして私は旧友と一緒に園舎を後にして街に出たんですけど、なぜか後から石原裕次郎さんが追ってきました。裕次郎さんは旧友と知り合いだったようで、「いや〜、○○(旧友の名前)君にこんなかわいい妹さんが居るとは知らなかったよ。お嬢ちゃん、なんて名前?」と言ってきたので、私は「私鈴子だよ。5歳だよ。よろしくね裕次郎さん」と答えました。

夢の中全般を通して、私は自分の姿や声が5歳幼女になっているだけでなく、心まで5歳幼女になったような感覚を抱いていました。その証拠に、体育座りをした時には内股座りになっていて、しゃがみ込んだ時には女の子座り(アヒル座り)をしていました。

    感激しました! もう言葉にできないくらい嬉しかったです! 目が覚めてから「これは今まで見た夢の中で最高の夢だわ!」と思いましたよ。まさしくそのとおりで、年齢といいプロポーションといい髪形といい、5歳当時の山内菜々さんのようなチョ〜かわいい顔つきで、小林星蘭さんのようなチョ〜かわいい声だったことといい、更に心まで5歳幼女の感覚を抱いていたことといい、幼女化願望をパーフェクトに実現できていたんですからね。霊界では正体を隠すことはできないので、周りの園児たちや裕次郎さんが私を5歳幼女だと信じてくれたのは、本当に騙されていたのではなく、あらかじめ私の正体が成人男性であることを解った上で、完全に5歳幼女になった私を見て「幼女であることを認めてくれた」んじゃないかと思うんですよ。それだけみんな心が広くて優しかったんだと思います。ということは、今回は割といい界層に居たのかもしれません。裕次郎さんから「かわいい」と言われたことも、すっごく嬉しかったです。

    鈴子という名前には心当たりがなくて、しいて挙げるなら子供時代に読んだ漫画の少女キャラの名前くらいなもんなんですけど、なぜそれが私の名前になっていたのかは解りません。

    名前のことはおいといて、毎日やっている神様への真剣な祈りが通じたんでしょうか? それだけでなく、私自身が「いつか絶対に幼女の心になって、かわいい5歳幼女の姿になるんだ! そして霊界で人のために尽くす仕事をするんだ!」という決意の元に日々努力していることも功を奏して、今回、夢の中=霊界で幼女化願望がパーフェクトに叶ったんじゃないかと思います。最近、できるだけ人に親切にしようと心がけてそれを実行していて、人助けをすることに自分でも喜びを感じていたので、それで魂のレベルと変身能力が上がって、今回の平和で理想的な夢になったんだと思います。今後も神様への祈りと、人のために尽くしたいという気持ちと、愛に生きる気持ちを忘れないで生きていこうと思います。神様に心から感謝した夢でした。


2012/05/23

夢では私は、チョ〜かわいい5歳幼女の姿になっていて、髪型も服装も動画の幼女にとてもよく似ていて、声も完全に幼女の声でした。肝心の心の状態はといえば、基本的には幼女の心なんだけど大人の心がほんのちょっとだけ混じっているかな、という感覚でした。そして私は冷蔵庫に入っていたショートケーキをいくつか取り出して、幼女特有のカン高い声で「ん〜と…、あ、このケーキ痛んじゃってる〜。あ、でもこっちのケーキはまだ食べられるな〜」とつぶやいていました。

    理想的な夢で感激しました! 実は昨日のお祈りで「神様、夢の中で、あの動画の幼女のような姿にさせてください。そして幼女の心になった感覚を味わわせてください。特に幼女の心になった感覚を何度も味わわせていただいて、私の心に幼女の心を植えつけてください!」とお願いしたばっかりだったんですよ。心から真剣に祈ったおかげで、また自分でも幼女の心になれるように日ごろから最大限の努力をしているおかげで、今回の夢で幼女化願望が完璧に叶ったんだと思います。しかも私が望んでいる、動画のチョ〜かわいい幼女の姿になれるなんて、もう嬉しくてたまりませんでした。

    大人の心がほんの少しだけ混じっていたのは、「(大人としての)大きな愛をたずさえた、純粋無垢な幼女の心になりたい」という日ごろの願いがそのまま夢での心の状態に表れたんだと思います。この「(大人としての)大きな愛をたずさえた」というところが、とても大事なんですよ。完全に幼女の心「だけ」になっちゃって精神年齢までも下がっちゃったら大幅な退歩ですからね。そういう意味でも今回の夢は理想的でした。これからも神様への真剣なお祈りと、日ごろの努力を忘れずに生きていこうと思います。

という風に、もうこれ以上ないというくらいの変身ぶりでした。幼女化願望が完璧に叶った夢でした。私は本当に、夢の中=霊界で、すっごくかわいい幼女の姿になっていて、心まで幼女の心になっていたんです。飛び上がらんばかりに喜んだのは言うまでもありません。そして神様に深く深く感謝して、感謝の祈りをささげたのでした。

 

ところで、私の幼女化願望は霊界において許されることなのかどうか、エステル・ステッドの「ブルーアイランド」を参考にして考えてみました。まず、ブルーアイランド=幽界=夢幻界においての説明から。

夢幻界で生活している人たちは、自分のことを第一に考えた生活をしているそうです。そういう風に一時的に自分中心主義になって、精神的な回復を行うんだそうです。夢幻界では自分中心主義、利己的な考えや行動をしないといけない、というのは意外でした。どんな時でも利己的なことはいけないと思っていたからです。でもそうしないと自我の確立が遅れて、夢幻界での環境に馴染んでいけないんでしょうね。

夢幻界では、自分が持っている能力の範囲であれば何をしても許されるらしいです。でも、いくら何をやっても許されるとはいえ、私だったら悪いことはしたくないですね。誰にも迷惑をかけずに、幼女化願望を追求することだけに専念したいです。でも、あくまでも夢幻界に来てから「しばらくの間」だけです。霊的に目覚めてくると、何をしてもいいというワケにはいきません。当然といえば当然ですね。

次は夢幻界やエイドスの世界の上の世界である、(狭義の)霊界での話です。霊界での思想や行動については、夢幻界などに比べるとちょっと厳しいです。例えば、生前ひどい貧乏暮らしをしてきて豪邸に住むことに憧れていた霊が実際に霊界で豪邸を手に入れて、それで同時進行で霊的成長も進めばいいんですけど、贅沢な生活に甘んじてしまって霊的成長が見られないと判断された場合は、その豪邸は没収されて、改めて別の方法がとられるそうです。

これを幼女化願望に置き換えて考えてみると、幼女の姿に酔いしれることに甘んじてしまって魂の成長のための努力をヤメてしまえば、幼女の姿は没収されてしまうということですね。私だったら幼女の姿で人のために尽くす仕事を続けたいです。人のために尽くすことは即、魂の成長につながりますから。

さらに、(狭義の)霊界にはあらゆる種類の娯楽があって、人間界で夢中になっていた趣味とかクセになってしまった興味は、霊的成長にとってマイナスにならない限りは何でも許されるそうです。

幼女化願望自体には、霊性の進化すなわち魂の成長にとって、特にプラスになるわけでもなく、かといって害があるわけでもないと思います。だから問題ないと思うんですけどね。もっともこれは(エイドスの世界の上の)霊界での話ですから、夢幻界においては何の問題もありません。なにしろ夢幻界では何をしても許されるし、自分の願望をとことん追及することができますから。ですから、まずは夢幻界に行って幼女化願望を心ゆくまで追求したら、そして一つ上の世界であるエイドスの世界や霊界に上がることが許されたなら、それから幼女化願望と魂の成長との関連について考えても遅くはないと思います。

私個人的には、夢幻界においてもエイドスの世界においても霊界においても、幼女化願望は魂の成長にとってマイナスにはならないと思っています。もちろん、人間界・夢幻界・エイドスの世界・霊界、これらのどの世界においても、魂の成長のための修行は続けていきます。

 

さて、最初の話に戻って、5歳当時の山内菜々さんについて。

5歳当時の山内菜々さんの動画を検索していたら、こんなのを見つけました。初代「ホットマン」のワンシーンらしいです。5歳の彼女が出ています。ご存知の人も多いでしょうけど。

(浮浪者に扮した役者さんが出てくるシーンなので、そのテの映像が苦手な人はご注意ください)
「Hotman 1- Nanami with the vagrant」
http://www.youtube.com/watch?v=OPHIqTaevIs

ななみちゃん、なんて優しくていい子なんでしょう! 素敵です! エンゾーのセリフ「子供は天使だ」に、まったく同感です。特に山内菜々さんが演じているだけに、一層子供らしさと優しさが感じられます。かわいくて優しくて感動しました! 彼女が当時大ブレイクしたのは、チョ〜かわいくて演技も上手だということもあるでしょうけど、こういう子供らしい優しさに魅力を感じた人も多かったんじゃないでしょうか? 当時のネットの書き込みには「こんな子供がほしい」「5歳に悩殺されるとは思わなかった」というコメントもありましたし、それほどまでに彼女はいろんな意味で魅力的ってことですね。

私の幼女化願望に、「大きな愛をたずさえた無邪気な心の4歳幼女になりたい」というのがあるんですけど、霊界に行ったら、上の動画のななみちゃんを見習って、大きな愛をたずさえた無邪気な心の、チョ〜かわいい4歳幼女になりたいです。美しい心とかわいい姿という意味で、やっぱり5歳当時の山内菜々さんは、幼女化願望の永遠の憧れです。

 

友人から指摘されて改めて自覚したんですけど、私はどうも、いくら頑張っても世間一般でいうところの「大人の心」にはなり切れないようです。友人いわく、「めあさんは、この世を生きていく上で必要最小限の大人の心しか持っていない」だそうで、これ自分でも昔から自覚してました。いくら社会経験を積んでも、いくら「もっと上司や社会をうまく利用して、お金儲けが上手になるようにしよう」と頑張っても、できないんです。そういう「ずる賢さ」という意味での大人の心には、なれないんですよね。

もし完全にそういうずる賢い大人の心になっちゃったら、そりゃぁ世渡りやお金儲けは上手になるでしょうけど、大切な心、すなわち「優しくて純粋で無邪気で可愛らしい心」を失ってしまう気がして、とっても怖いのです。だからあえて、友人が言うとおり、必要最小限の大人の心のままでいいや、という思いがあります。食べていければそれだけでいい、みたいな。

私にとって大切な大人の心とは、大人としての愛と英知だけです。ずる賢い大人の心になんて、絶対になりたくないです。そんな心になってしまうほど堕落するなら、いっそ大人のずる賢い世界に溶け込めなくて仕事を失って飢え死にしたほうがマシだと思っています。

いや、もちろん今の仕事(深夜の運転の仕事)は体が動かなくなるまでずーっと続けますってば(笑)。ずる賢さがほとんど要らないで済む職場なので、精神的にも助かっていますから。


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