◇死んだ後や来世での性格について◇


ツイッターも参考までに。

めあ@人を愛する喜びを知んない@watashi_meachan 6月19日

よく「自分は誰からも愛されたことがない。寂しい」と境遇を嘆く人がいるが、
なんでそんなに寂しいの?って思う。人から愛されて悪い気はしないけど、特に嬉しいとも思わないよ。
むしろ煩わしいと思うことさえある。愛される喜びを知らないから愛する喜びも知らないんだろうな>自分

では、なぜ愛されることが煩わしいのか、ずっと考えてみたけど、納得のいくはっきりした答えは出ない。
前世でもたぶん同じだったろうから、今世では「少しでも人間を好きになれるように」
って課題をしょって生まれてきたのかもなぁ。

でもさー、なんとなく今回の人生もさー、人を愛する喜びを知らないまま終わりそうな気がする。
動物から愛される喜び、動物を愛する喜びならよーく知ってるんだけど、なぜ相手が人間になると
とたんに無関心・無感情になるんだろうか?

そんなことを思いながら暮らしていたら、ある日私生活で人間関係のトラブルにあった時、
あまりのうっとうしさに、つい「人間うぜぇ。超うぜぇ」と言葉に出してしまった。
その場の空気が凍りついたのは言うまでもない。はは・・・ははは・・・

 家族「あんた、なんでいつもそんなに無口なの?」
 私「何話したらいいか、わかんないから」
 家族「犬やネコとはよく話してるくせに」
 私「裏表無く心で話せるからね」
 家族「生きてる気がしないんじゃない?」
 私「大自然の中で笛を吹いてる時だけ、生きてるって感じる」
 家族「寂しい人生だねぇ」
 私「ちっとも寂しくありません」
 家族「動物に優しい人は、人間にも優しいはずだよ? それに霊の声が聞こえるとか見える人は心が優しいっていうよ?」
 私「んなことしーらない。わたしゃ根っからの悪人ですからー」
 家族「悪人は自分のことを悪人だなんて言わないよ?」
 私「じゃぁ私は善人。わたしいいひとー」
 家族「お前マジメに会話する気ないだろ」
 私「ポニテ引っ張るのはヤメテ」

人生、「100万回生きたネコ」の前半なう。

とまぁ、今の時点では、こんな状態です。孤独を恐れる人が多い中、私にとっては孤独は、安らぎを得られて静かに暮らせるという意味で、最高のご褒美なんです。本当にニッコリ微笑んで

「ちっとも寂しくありません。それどころか、孤独なのは、むしろ嬉しいです」

って思ってる自分がいます。

ある人によれば、私は、
絶対的な孤独の中でも平気で、本当に独りぼっちになっても生きていけるだけの、すごく強い精神力と自立心を持っている人。他者への依存心が殆どゼロと言っていいほど、精神的に強い人
なんだそうです。ほんまかいなー、そんな精神強くないぞ。強かったら精神科になんか行ってないって。まぁ、慢性的な不眠症だから睡眠薬もらいに行ってるだけなんだけどね。

ほんとは、心が冷たいから依存心が殆ど無いんじゃないのー? 自分でもよくわかんないけどねー。

動物や植物相手だったら、いくらでも心を開けるのになー。人間にはまだどうしても心を開けないわー。ま、それはおいといて、

 

私は今世では、物心ついた時から、とにかく一人っきりでいるのが大好きな子供でした。性別問わず友達はそれなりに居たんですけど、基本的には一人っきりの時間を大事にする子供でした。

幼稚園時代は授業を抜け出して園庭の隅っこで一人で泥団子を作って遊んでましたし、小学校に上がってからも一人で本を読んだり工作をしたり漫画を描いたりしてばっかりで、夢中になって小学生のくせに徹夜したこともあります。

中学時代も同じで、高校に入ってからも、社交の輪は少し広がったものの、やっぱり一人っきりの時間を大事にしていました。

そしてその性格は社会人になった今でも続いています。

音楽のセッションとかは事情が違うので特別として、どうも、みんなとワイワイ騒ぐっていうノリが理解できないんですよね。仮にお酒が飲める体質だったとしても飲み会の雰囲気はチョ~苦手です。隅っこで黙って「早く一人になりたい。静かな場所に行きたい」って思います。

一人っきりっでいる時間って、すごく落ち着くんですよ。黙想というか瞑想というか、それに近い状態になるのが大好きです。例えば(最近は時間が無くて行けてませんけど)山奥で一人でティンホイッスルを吹いていると、とっても心が落ち着きます。大自然と一体になったような安堵感を感じます。こういう性格だから宗次郎とか姫神とかの自然を題材にした音楽が好きなんでしょうね。

さて、こういう性格のまま寿命が来て霊界に行ったら、やっぱりそういう環境を好んで自ら住むでしょうね。そこまではいいんですけど・・・問題は来世。

来世で女の子に生まれることができたら、どういう少女時代を過ごすのかな~と。友達をあまり作ろうとせず、いつも一人で絵を描いたり楽器をやってたりで、外にもあまり遊びに行かない子になるんじゃないかな、なんて思ってます。

 

って風に、母に背中を押されてやっと外に出るような子になったりして(笑)

来世では幼少時代からティンホイッスルを趣味にして、それとは別にピアノも習いたいので、ピアノの練習にも夢中になって普段はますます家の中で遊んでる子になったりして。

 

とかね(笑)

んで、母と一緒に縁日に行った日にゃ、

 

と母を困らせたり(笑)

上のはちょっと極端ですけど、やっぱり自然の中でティンホイッスルを吹いて小鳥たちと遊んだりするのが大好きな子供になりそう。あ、でも自然遊びならアスレチックでお友達みんなと遊ぶって手もあるな。それなら母も心配しないかも。

あと、家族でカラオケに行って

 

と、いろいろ想像してみました(笑)

 

 

で、仮に私が来年(2016年)くらいに突発的な事故とか病気で死んだとして、霊界で100年くらい休んでから、時間をさかのぼって2020年くらいに再生してきて、その頃には管理人(つまり私)が死んだからという理由で閉鎖されているであろうこのサイト「めあ4歳」をウェブ・アーカイブか何かで来世での母が知って、私に教えてきて、

 

 

とか思ったり(笑)。そらー、そう思ってもおかしくないわ。自分が作ったサイトだもん(笑)

いろいろ想像は膨らみます。


 

来世で、ある日のお買い物を想像。

 

 

ありうる。大いにありうるw 安い食物ばっかりを好む娘に対し、なんとかして贅沢をさせようと苦心する母。とかw

 

あとこれ、

めあ@幼な子のように何でも愛したい 

来世の母「めあちゃん、何か欲しいものある?」
「・・・ん、とね」
「何?どれ?」
「・・・これ・・・あと・・・これ・・・」
「笛とピアノね。もう少し大きな声で自己主張していいのよ?」
「・・・ん」
「これだけでいいの?」
「・・・ん」
「他には?」
「んーん」
「無口な娘だわぁ」

 今の性格のまま死んだら、来世ほんとにリアルでこんな女の子になりそう。来世の母はきっと苦労するだろうなぁ・・・ 今の母も私の子供時代からの無口な性格に手を焼いていたらしいし。

極端なコミュ障で無口だけどオツムの中は常にめまぐるしく回っている、そんなヤツです私は。

ツイッターから。

https://twitter.com/watashi_meachan/status/842147813123211264

めあ@幼な子のように何でも愛したい - 2017年3月16日

来世の母「めあちゃん、練習中?」
私「んーん」
「だって間違えた部分何度も練習してるじゃない」
「これは、お楽しみ中。練習って思いたくない」
「できるように頑張ってるんでしょ。立派な練習だよ」
「練習って思うと楽しくなくなる。だからお楽しみ中なの」
「でもそれは」
「いいのー」

 


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