◇独り言(2007年)◇


2007/11/27

霊界に行ってからの予定」にも書いているとおり、霊界に行ってから、まずは5歳だった頃の自分の姿になる。略して子供化。次は可能な範囲で自分の姿を幼女らしい顔つきや体つきに整形する。略して幼女化整形。次に髪型をおかっぱ頭などの幼女の髪型にする。略しておかっぱ。最後にスカートやワンピースなどの女児用の服を着る。略して女装。こういう順番で行動するつもりなんですけど、それはいいんですけど…。

子供化、幼女化整形、おかっぱ、女装。この四つの言葉が延々と私の頭の中を駆け巡っています。まるで呪文のように繰り返しながら「子供化、幼女化整形、おかっぱ、女装」と頭の中でつぶやいている私が居ます。

ノイローゼじゃないですよ。霊界にいざ行った時にすぐに自分の願望を思い出せるように、いつもこの四つの言葉を頭の中でつぶやいていよう、絶対に忘れないでいよう、と思っているからなんです。

ええ、どんなに人間界でツライことがあっても、どんなに不意を付かれるような死に方をしても、この四つの言葉だけは絶対に忘れるもんですか! そう固く心に決めています。


2007/11/21

最近「願望実現/リアリティ・トランサーフィン」というジャンルの情報も集めています。それによると、過剰な願望を抱いているとその願望が過剰ポテンシャルになって、逆に叶わないものとなる。だから体のチカラを抜いて構えて、あまり強烈な願望を持たないで、心の片隅にずーっと置いておく程度にしたほうが願望は叶いやすい、という趣旨みたいです。

これって「神との対話」で語られていることと似ているような気がします。「神との対話」では、「神は必ず願い事を叶えてくださると信じて、同時に、その願望は既に叶っているとも信じていればいい。そうすると自然に、願望を叶えてくださいと祈るのではなく、願望が叶ったことへの感謝の祈りに変わる」と書かれています。「願望実現/リアリティ・トランサーフィン」と、どこか似ていますよね。

要するに「願望を叶えるためには、気張らないで気楽に構えなさい」という、逆説的な方法ですね。

私が夢の中であまり幼女の姿になっていない(なっているのかもしれないけど少なくとも覚えていない)理由は、ここら辺にあるんじゃないでしょうか? あまりにも過剰な気持ちで願望を抱き続けているから、結果的に過剰ポテンシャルになり、そして「願望は叶っていない。だから神様に願望を叶えてくださいと祈るんだ」という気持ちが強かったのかもしれません。

もしそれが本当ならば、今後はあまり強烈な幼女化願望を抱かないほうがいいのかしら? ちょっといろいろ自分の願望の強さを管理して、しばらく様子を見てみます。


2007/09/08

意外に思うでしょうけど、私は「オーラの泉」を観たことがありません。美輪さんや江原さんのこともよく知りません。番組の構成がいかにも視聴率狙いというかんじで、演出がかなり入っていると思うと白けちゃうんです。なので「オーラの泉」は観る気になれないんですよね。

私が霊界研究を始めた頃(2005年の春)に真っ先に読んだのは「心の道場」の本、そして丹波さんのサイトでした。心の道場は現在進行形で偉大だと思いますし、丹波さんもやっぱり偉大でしたね。日本での霊界研究の第一人者といえば浅野和三郎さんですけど、メディアという形で霊界のことを世間に広めていってポピュラーなものにしたのは丹波さんのチカラでした。

心の道場のように表に出ないでコツコツと研究活動されている方々は別として、次なる“メディアでの霊界研究者”は誰なんだろう? どういう人がメディアに出てくるんだろう? 丹波さんクラスの研究者は出てくるんだろうか? と思っても、まだ思いつきません。

現世での幸せなど、はかないものですよね。現世での幸せを求めるのではなく、霊界の構造や秩序など、あくまでも焦点を霊界に置いて研究していく、そしてそれをメディアという手段で世間に広めていく、そういう人は今後出てくるんでしょうか? 出てくると日本の霊界研究が一段とアップするんですけど…。

それはおいといて、私のささやかな霊界研究は今後も、心の道場の本だけに染まる気はないし、マイヤースやシルバーバーチだけに傾く気もありません。とにかく、信頼できそうな情報があれば、それがどんな発信源であろうと全て受け入れる体制でいます。要するに「何かを信じる」のではなく「真実を知りたい」んですよ。信じる信じないは宗教の観念であって、本当かウソかを突き止めるというのは、れっきとした科学です。私は「真実を知りたい」んです。そのためにいろいろな角度から研究をしています。なので宗教者ではなくて科学者の心境ですね。

どれが真実でどれがまやかしなんだろう、そんなことを思いながら、仕事に追われる日々を過ごしています。


2007/09/02

私が霊界研究の中でメインにしている、「どうすれば確実に幼女の姿になれるか」についての研究が、最近になってだんだん行き詰まってきました。調べられることは調べ尽くしたような気もします。現在解っていることは、

霊界ではその人の人格(霊格)が高いほど、姿を変える能力がより大幅に高まるので、やっぱり霊格を高めるように努力するしかない。かといって「〜の姿になりたいから」という下心見え見えな精神状態で修行をしてはいけない。それは修行ではなく欲望の追求にもなりかねない。一番いいのは、変身願望を持ちつつ、下心を持たないようにする。そういう風に自分の心の管理をすること。でもそれが難しい。ついつい自分の変身願望が先走ってしまうので注意が必要。

ということです。つまり、変身願望を持てば持つほど下心を持ちやすくなって、変身願望を捨てれば捨てるほど霊格の向上につながる、というジレンマが存在するんですよね。今このジレンマと戦いながら修行しているところです。自分の心の管理って本当に難しいわぁ。

変身願望を心にずーーーっと抱いておいて、修行をする時は変身願望を一時的に忘れる、という器用なことができればいいんですけど、なかなか難しいもんです。

心が女性であれば霊界での姿は女性か、あるいは今の姿が女性っぽくなった姿になるでしょう。でも子供の心にまではなれませんから幼女の姿になるのは難しそうです。今のところは「霊界に行ってからの予定」のとおりになるんじゃないかなと思います。

霊界での姿について更に詳しい情報が載っている本があれば、ぜひ読んでみたいものです。とにかく斬新で信頼できる情報がほしいですね。何かいい本ないかしら…。


2007/07/28

私時々思うんですよ。もしこのサイトを運営しているのがリアルでバレたら、って。同居の家人たちにバレる分には別に構わないんですよ。バレてもたぶん、「しょうもない願望持つなや」とか「まぁ害は無いから好きにやれば」みたいな風に呆れられるでしょうけど、許して受け入れてくれると思うんです。長い付き合いですから大体解ります。

でも、仮にご近所さんにバレたら、さぁどうなっちゃうんでしょうね? どういう目で見られるか、かなり怖いです。変人・変態・精神異常者・屈折したロリコン+ナルシスト、とか言われるだろうなぁ。もちろんバレないように注意していきますけどね。

でもですね、たとえ人間界ではバレなくても、霊界に行ってからは自分の心がさらけ出されるんですから自動的に幼女化願望がバレてしまいます。そうなった時に回りはどう思うか。やっぱりかなり気味悪がられてバカにされるでしょう。でもいいんです。「霊界に行ってからの予定」にも書いてるとおり、周りからの叩きは無視して、一人で修行を続けるので。

守護霊さんや指導霊さんは味方になってくれると信じています。

思うんだけど、霊界は精神が重視されるというか精神が全てな世界なんですから、どういう姿になっていても問題は無いですよね。例えば私が幼女の姿になって、大人の中で仕事や会議をしているとか、そういう状況でも、精神さえしっかりしていて害が無ければ問題は無いはずです。

霊界人の仕事は、霊界の人たちとクリエイションをすることだけでなく、「人間界の人間を守ること」も仕事らしいです。これはすんなり理解できますよね。とすると私は、霊界で幼女の姿になって、人間界のどこかの家を守る座敷わらしのような存在になりたいな。ただし、今風の洋服を着た現代版座敷わらしの姿で座敷わらしを務めたいです。これ仕事の一つとして希望しておきますね守護霊さんと指導霊さん。幼女の姿で人の役に立てるなら本望ですから。現代版座敷わらし、けっこう本気で考えています。


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