◇自己紹介:めあの「うぬぼれ病」について◇


一応自己紹介しておきますね。今までずーーーっと書きたくてたまらなかったけど、恥ずかしくてどうしても書けなかったことを、自己紹介で全部書いちゃいます。めあというのは、こんな人間です。ちなみに、とっくの昔に成人済みです。

私は昔から、そうですね、幼少時代はよく覚えていないんですけど、小学校半ばくらいからは、やけにプライドが高い上に、無意識に心の中で人を見下す、とっても悪いクセがありました。中学では猛勉強して5段階評価でオール5を取ったこともありましたし、高校に入ってからは学年トップの成績を取ったこともありましたし、スポーツもそれなりにできました。

なぜそこまでして頑張ってたのか、それは、「今まで自分のことをバカにしてきた連中を見返してやろう」という、卑しい気持ちからだったんです。それで見返した際には「どうだ、ざまぁみろ」みたいな気持ちになって周りを見下す、そういうクズみたいな人間でした。自分で付けた病名ですけど「うぬぼれ病」だったんですね。

長い人生においてそんなマイナスな感情が長続きするはずもなく、高校を出てからは何も目的がなくなってしまい、「自分は今まで何のために、こんなにがんばってきたんだろう。がんばったあとには何も残らなかった。全てが虚しい」と思えてきて、ひどい閉じこもり気質になって無気力になり、放心状態になって何もする気が起きずチカラも全く湧かず、やむをえず約三年間引きこもりの生活をせざるを得ませんでした。今でいう「燃え尽き症候群」のような状態に近かったのかもしれないですね。

その生活から学んだことは、「人を見下すことは今後は決してするまい。どんなに物事がよくできたとしても、決してうぬぼれないようにしよう。うぬぼれがあるから嫌われるし、誰かを傷つけてしまうかもしれないし、だから一切うぬぼれをやめよう」ということです。

で、社会復帰してからもいろいろあって、うぬぼれ病はしばらく影を潜めていたんですけど、VNIサイトを始める2003年頃になると、激しい自己顕示欲が現れてきて、また「人から評価されたい」という卑しい心が出てきました。ただアクセス数を稼ぎたいためだけに、いろんな記事を書きました。今思い出すとあのVNIサイト時代は、心が名誉欲・自己顕示欲に覆われた黒歴史だったと反省しています。ただのウケ狙いで当時使っていた「俺」という一人称も、今思えば相当無理して使って、自分を作っていたな、と思います。

それでもまだ悪いクセは抜けず、霊界研究をするようになってからは、心の中で「こんなに研究している自分すごい」とか、心のどこかで思ってしまっていたんですね。それだけならまだ救いがあるんですけど、自分のことを攻撃してくる人たちや、20年間以上に渡って部屋で聞こえてくる激しいラップ音や霊の罵声に対して、それまでのノイローゼな気持ちが怒りに変わって「低級霊乙」と言ってしまったこともありました。治っていたかに思われた「うぬぼれ病」が、また顔を出してしまったんです。霊界研究をしていながら同時にうぬぼれる、そんな最低な人間だったんです。本来ならばそういう浮かばれない霊たちにも哀れみの気持ちを向けるべきなのに、いくら頭にきたからといって「低級霊乙」と言ってバカにしている自分自身の心こそが、低級霊そのものだったんです。

霊界研究に携わるとカルマの返りが速いといいますので、そのカルマがすぐに返ってきたんでしょう。具体的なことは身元バレになるので伏せますけど、いろいろな物質的・精神的災難に見舞われました。

そこでやっと気づいたんですね。「ああ、またやっちゃった・・・うぬぼれ病だ」と。

たぶん、こんな最低の人間な私を見かねた守護霊さんが、霊界研究をさせて霊訓に出会わせることで、今までの歪んだ心を少しでも矯正させようと思ったのかもしれません。私は霊訓を教える側ではなく、どこまでも「教わる」側だったんですね。決してうぬぼれないように、上から目線にならないように、霊訓を学ばせて謙虚になれるように、そこを特に気をつけさせようという意図だったんだと思います。

霊能力は一切無いのであくまでも憶測なんですけど、夢で見た前世の記憶の一部をたどると、私の一つ前の前世は女性で、金髪のロングヘアーのかなりの美人で、その美貌を鼻にかけてうぬぼれて傲慢になって、ヨットハーバーの見える街で男をとっかえひっかえしながらセックスやお酒などの快楽に明け暮れて遊んで暮らして、心を磨く努力を一切しなかったみたいなんです。

夢で見た前世は、こんな姿の女性でした。ティンホイッスルは持っていなかったですけど、いかにも高飛車でナマイキで傲慢そうですねw

そういうビッチな女だったんじゃないかと思います。また、自分の美貌をいいことに、外見的なことにしか目が行かず、外見だけでしか人を判断することができず、気に入らない人や物はその姿をこき下ろしていたんじゃないか、って気がするんです。

 

「霊能力も無いのに、夢の内容だけで自分の前世をそこまで確信できるほうが怖い」とお思いでしょうか? でもそう解釈したほうが、GIDの葛藤や苦しみも含めて、お酒が一滴も飲めない体質(冗談抜きで僅かでも飲むと命に関わる)なのも含めて、何かと今回の人生での出来事の理由と原因が、スンナリ納得がいくんですよ。

そんなクズみたいなビッチな残酷女が寿命で死んで霊界で反省して、「次の地上人生では外見で人を判断するような人間には絶対になるまい。うぬぼれを無くそう。心を磨く努力をしよう」と決心して生まれ変わっても、そう簡単に聖人君子になれるはずがなく、ビッチだった心がまだどうしても抜けずに、幼少時代から今まで引きずってきたのだと思います。姿や性別のことで辛いことや苦しいことが実に多かったのと、お酒については、前世のカルマの清算も多分にあったことは間違いないでしょうね。

それに、GIDなので当然といえば当然なんですけど、少年時代から現在にかけて、女性に対してはどうしても恋愛感情を抱くことができず、男性にばっかり恋愛感情を抱いていました。しかしこれも「自分は男性で相手も男性=かなわぬ恋」として苦しんで苦汁を舐めるための試練・修行だったんだと思います。実際片思いの連続で非常に辛い思いをしました。何せ、男の姿で男性に恋をすること自体が、ものすっごく恥ずかしく思っているからです。恋をするなら女性の姿になりたいですもん。今は亡くなっていますけど坂上二郎さんなんて、もうその優しさと人情深さに思わず「結婚してください!」って思っちゃったくらいで・・・ああ恥ずかしい。でも書く。

また、VNI時代にあえて成人女性キャラではなく幼女キャラを演じていたのは、やっぱり、「ちっちゃくて可愛らしい姿になりたい」という気持ちからでしたね。あの、自分を作りまくっていたVNI当時でさえ、「ちっちゃくて可愛らしい姿になりたい」という願望だけは正直に表していました。やや言い訳っぽい欺瞞に聞こえるかもしれませんけど、本当なんですよ。

で、話を戻して、最近になってようやく「うぬぼれ病」を自覚して、幼女の姿に憧れるよりも前に、幼女の「心」になるために努力をしているところです。幼女の心とはいっても、幼女向けのアニメを感情移入して見るとかだけではなく、本当に純粋で無邪気で優しい、ちっちゃい女の子の心(めあちゃん名ゼリフ集参照)になれた日が最近では多くなってきていて、そこまではいいんですよ。

そこまではいいんだけど、そこで、「ああ、こんなに美しい心になれた自分ってすごい」と思っちゃったら、そこで進歩はストップなんですよね。そういう「うぬぼれ病」がまた出てしまわないように、日々気をつけています。

この「うぬぼれ病」が私の今世での一番厄介な課題なんだと思います。うぬぼれるから全てがうまくいかなくて裏目に出る。たとえ口には出さなくても、心がうぬぼれていると醸し出す雰囲気や仕草にも現れるもので、だから人から反感を買うことが多いし、迷惑をかけてしまうことにもなる、ということがやっとわかりました。

20年以上もの間、部屋で激しいラップ音や霊の罵声が聞こえる、そして「自分は特別なんだ」という「うぬぼれ」の気持ち、そして自意識過剰や過度な被害妄想、これって、統合失調症患者さんにかなり近い症状かもしれませんね。自分でも「統合失調症なんじゃないか」と思うことがあります。だけど前世からの因縁に基づいて考えているので、統合失調症の一言で片付けるのも乱暴な気がします。

ラップや霊の罵声については、これも何かのカルマあるいは修行なんでしょう、「今世では霊界のことを強く意識して沈思黙考して、常に内省的になって生きよ」という、霊界からのお達しなのかもしれません。

本当に神様や霊界のことを心から信じていれば、その壮大さと慈悲深さと神聖さに恐れおののいて跪いて謙虚になるはずであって、うぬぼれて見下すなんてことは絶対にできないと思うからです。(片柳神父さんのツイートが大変勉強になりました。ありがとうございます)

過去に、危ない意味で宗教にハマって傲慢になってしまったある人の言動を見て、「ああ、なんだか昔の自分の一部を見ているようで恥ずかしい・・・ 『人の振り見て我が振り直せ』とは、このことだ。深く反省しよう」と思った次第です。その人のことを知らなければ、私は今でも「うぬぼれ病」が治っていなかったのかもしれないのですから。

霊界研究といえば、ここ最近は再び丹波さんの本やネット資料を読み漁ってます。今までいろんな霊界通信を読んできましたけど、丹波さんのは、世界中の霊界通信をまとめた結果での内容なので、とても広い視野から研究できるのが好きです。元々私が霊界研究を始めたキッカケは丹波さんだったので、原点に帰った状態です。

丹波さんいわく、「私が霊界について話す言葉は、全部受け売りなんだ。私の意見など、これっぽっちも入っちゃいない。ただ世界中の霊界通信から特に重要な共通部分、最大公約数的な情報を取り出して、羅列しているだけだよ」なんだとか。今で言う「まとめサイト」みたいなことをやってらしたんでしょうね。たとえが悪いかw

だからまぁ、霊界通信のベストアルバムを聴くような気持ちで研究を始められたのは、本当に幸運なことでした。

それに丹波さんは、「霊界研究に限らず何にでも言えることだが、なんでも知ったつもりになって見栄を張るクセがついてしまうと、知ったかぶり仮面になってしまうので、常に分をわきまえて、知らないことは知らない、わからないことはわからないと正直に言える、そんな素直な心が大切なんだ」とも言っていました。これ、昔の私にピッタリ当てはまります。昔の私は正に、その知ったかぶり仮面になっていて、「知らない、わからない」と正直に言えない見栄っ張りな、本当に恥ずかしい人間でした。今後はそれを治して、いつも分をわきまえて、素直な心になっていきたいです。

今の未熟な心の自分を、「前世がビッチだったから、今世ではその悪影響を残していても仕方が無い」と免罪符にして言い逃れする気は毛頭ありません。ただ、「今世では、できるだけいい人間になれるように頑張るから、それこそ幼女のような清らかな心になれるように頑張るから、大きな目で見守っていてください」という気持ちです。私はそんなちっぽけな人間です。

前世はビッチのまま死んだとはいえ、その幼少時代におそらく持っていたであろう、純粋で無邪気で優しい、ちっちゃい女の子の心、そんな幼女の心を持っていた前世の幼女時代に帰りたいです。前世とはいえ、私にもそんな素敵な幼女をやらせていただいていた時期があったんですから。今の憧れの気持ちは、「前世での幼女時代への憧れ」と言ってもいいでしょうね。

その関連で、ツイッターでこんなのが・・・

https://twitter.com/full_moon_home/status/655186704031084544

「私の体の中には」を「私の心の中には」に置き換えると、自分にも当てはまる気がします。

 

最近になって、「今までの人生において、仕事が割とすぐに見つかってきた、つまり求職運が良かったのは嬉しいんだけど、どうしてこんな、休みの少ない職種ばかりが巡ってくるんだろう? 週休二日とか夏季休暇とかGWとかでノンビリできる仕事は、なぜ巡ってこないんだろう?」と考えた結果、まず学歴が低いから大きな企業に採用されないのはとっくにわかってるから置いといて、その他には、上にも書いたように、前世で女性だった時にかなりの怠け者っぽかったので、今世では「非常に働き者の母の元に生まれて、怠け心を無くして、労働する心を鍛えよう」と思って、今の母の元に生まれることを強く望んだんじゃないか、って気がしてきたんですよね。実際、霊界的な観点から見ると、張の本人は忘れていても、自ら課題を課して望んで生まれてくる例ってものすごく多いらしいですから。

詳しいことは身元バレになるので伏せますけど、母は昔から本当によく働いてきましたし、今でもすごい働き者です。お金を稼ぐという意味の労働だけでなく、それ以外でも、家事もなんでも弱音を吐かずにテキパキこなすし、ノンビリ屋の私はいつも圧倒されてばかりです。

だから、神様や守護霊さんが、ブラック企業ではないとはいえ、私にそういう職場をあてがっているのかな、と思います。母を見習って働き者になるように、という意味で。

実際、昔の友人から、「めあさんは、失業してもなぜか仕事がすぐにまた見つかるし、それがなぜかまた適材適所な職種だし、人間関係もトラブルがほとんど無い職場ばっかりなんだよなぁ。羨ましいよ」と言われたことがありまして、当時自分では原因がわからなかったんですけど、「仕事はすぐに見つかるようにしてあげるから、母を通して、働く尊さを学べ」という、霊界からの「お助け・お情け」が入ってるのかもしれないと思ってます。

実際、公的な休みの日はシッカリ休んでも、自分の都合では一日も休まないで、実に13年近くも続いている、そんな今の職種を紹介してくれたのは、他ならぬ母なのですから。

だから、産み育ててくれたという意味でも、仕事の面でも、母には感謝の気持ちでいっぱいなんです。直には照れくさくて言えませんけどねw

そう考えると、「そうか、働き者の母を見習うことが今世での課題の一つなのかも。自分でそれを選んだのだろうな。それなら頑張れるかも」と思えるんですよ。一週間くらい前(2015年12月下旬あたり)から、やっとそう思えるようになってきたところです。

自分でやっとそう思えるようになって、初めて「人の役に立ちたい」という気持ちの意味だけでなく、「働き者の母の元に生まれたことの本当の意味」まで、わかり始めてきたような気がします。でもまだまだノンビリ屋の怠け者なので、精進したいです。マイヤースやジュリアが言っているように、瞑想などのゆっくりした静寂の中にこそ魂の真の安らぎがあるとは思ってますけど、ここ地上はあくまでも修行の場ですし、安らぐのは霊界に行ってからでも遅くは無いでしょうから。

今回のことのように、考えることはとっても大事だけど、考えることよりも感じることのほうがもっと大事だと思いました。今後は、それをいかにして行動に移せるかどうかがカギでしょうね。

でも、小学校時代の通信簿に、「特徴:働き者」と書かれたことがあったのは嬉しかったです。あの当時の気持ちになればいいのかな・・・?

・・・しっかし、前世は冷酷なビッチだった上に、よっぽどの怠け者だったんだろうなぁ・・・もうサイテー>過去の自分

 

え? 「ビッチビッチうるさい」ですって? すいません。

この自己紹介を読んで呆れちゃったら、帰ってくださって構いません。「サイト見てやってもいいか」という人は、よろしくお願いします。


それから話は変わりますけど、神様や霊界を信じることについて、今まで思ってきたことや、これからの考えを簡潔に。

宗教という観念自体は、もう地上には必要なくなっていると思います。いつも「人のために役立ちたい」と願っている人には、自然に神様からその道を用意してもらえると思いますので。

生前の丹波さんが言っていましたが、これからは、あえて宗教という用語を使うならば「一人宗教」の時代がきているんだそうです。

といっても「自分だけが正しい」という「一人宗教」ではなく、一人ひとりが神様や霊界のことを信じていて、いつも精進するように心がけて、それでいて決してうぬぼれない、他人を見下さない、それどころか他人の価値観や考えもちゃんと認めるし、相手の立場もちゃんと考えて、お互いに絶対に干渉しない。そういう意味の「一人宗教」ですね。

もっと極端なことを言えば、たとえ神様や霊界のことを全然信じていなくても、いつも誰かに親切にしているような、優しい心の人、そういう人も神様から見れば、立派な霊的人生を送っていることになると思うんです。

実際、霊界通信でそういう「無神論者だけど優しい人」も霊界の幸せな界層に行けたそうですから。大事なのは宗教に入るとか神様や霊界を信じること自体よりも、いかにして人に優しくしてあげることができるか、それだけで充分なんだと思います。

私は以前は、「神様や霊界のことを信じていないと霊界の良い界層には行けない」と思っていましたし、サイトでもそういう風に書いてきましたが、今では決してそんなことはない、と考えを変えました。さっき書いた「無神論者だけど優しい人」のことを知ったからです。

もちろん神様や霊界のことは今でも100%信じていますし、サイトでも霊界研究の結果をつらつらと書いていますけど、死んだらどうなるのかということよりも、いかにして良い霊的人生を送れるか、言い方を変えれば、どうやったらもっと聖人になれるか、それだけを考えていればいいんだと思うんですよ。例えば、「神様とか死後の世界とか信じてないしー、キョーミもないけどー、マザーテレサみたいな聖人になりたいんだよねー」と思っていて努力さえしていれば、それで充分すぎるくらい立派な人であり、大変有意義な霊的人生だと思うんです。

確かに霊界研究は希望の研究ですし、研究していれば「どうやったら良い人間になれて、霊界で上の界層に行けるのか」の方法がわかりやすくなりますし、その意味では霊界研究は哲学だと思っています。でも、霊界の知識をたくさん知っていても、「人に優しく親切にする」という行動が伴わなければ、何の意味も無いと思うんです。だから有神論者だろうと無神論者だろうと、そんなことは霊界では評価されなくて、肝心なのは、心から人に優しく親切にできるような、そんな人間になれるように努力する、それだけでいいと思うんです。

丹波さんの言葉をあえて借りるならば、「明るく、素直に、あたたかく」暮らしていくことですね。これすっごく簡潔明瞭な言葉だと思います。そんな人間に私もなりたいもんだわーーー。

以前に書いていた、妄信しているような断定口調や思い込みの発言は、今でもあえて残していますけど、上記のことを踏まえた上で、「ああ、でも今ではずいぶん考え方が柔軟になってるんだなぁ」と思いながら読んでいただければ幸いです。


それからわっさんの「これからの社会は、看板と中身が一致していることが主流になってくるだろう」に影響されて書きますけど・・・

うちのサイトに載せてる音楽理論の知識やティンホイッスルの情報は、勉強と研究と練習をした成果ゆえの情報が多いですけど、けっこう知ったかぶりも入ってます。「少しを知っただけで全てを知ったつもりになってる」というのは私の昔からの悪いクセで、カンの鋭い人は既に私の本性を見抜かれていらっしゃったと思います。なので音楽や楽器についてはあまり詳しくありません。

音楽の知識も技術もセンスも乏しい、知ったかぶりと見栄っ張りのハリボテでできた、自己顕示欲の塊が、今までの私です。これもやはり「うぬぼれ病」だったんですよねー。

ティンホイッスルの演奏音源も、やっと曲を覚えた子供が母親に向かって、「おかーさーん、うまく吹けるようになったから聴いて~」

っていう程度の気持ちでアップしているに過ぎません。

音楽と楽器の勉強をすればするほどに、練習で行き詰まるたびに、ツイッターなどで出会う音楽・楽器関係の人たちを見るたびに、「世の中にはすごい人が本当にたくさん居る。私なんてとてもとても・・・」と思うようになって、今までの分不相応な自分の態度がとっても恥ずかしくなって、書かずにはいられませんでした。今までの「うぬぼれ病」をことごとく反省しているところです。

めあというのは、こんな人間です。「自分を卑下しすぎだよ」と思われるかもしれませんけど、それくらい思っていないと、この「うぬぼれ病」は直らないと思うんですよね。

フォロワーさんたち、呆れちゃったらリムっちゃってくださいねw

ああ・・・自分で化けの皮を剥いで、なんか肩の荷が下りた・・・

貧乏性なので、勿体無いので、今までの情報を消すつもりはありませんwww でも今後は、今までの「知ったかぶりと見栄っ張り」な悪いクセを直しながら、分をわきまえながら、「経験上コレだけは知ってる。自信を持ってサイトに載せられる」という情報だけを加筆していこうと思います。

 

あ、もちろん、わっさんを筆頭とする、皆さんから今までいただいたティンホイッスル情報は、純粋に「熟練した方々からの貴重な情報」として、情報元を明記した上でサイトに載せていきます。そうやって皆さんからのご協力も得ながら、ティンホイッスル初心者さんのために、少しでも役立つサイトにしていきたいですね。


2016/08/03追記:
中間部に書いたことと関連して、最近は、こういう考え方になっています。自己レスを最後までお読みください。

https://twitter.com/watashi_meachan/status/760288073498234880

めあ@神様から見れば問題児 ‏@watashi_meachan
シルバーバーチとかのスピリチュアルもかなり勉強した。けど、堅苦しくて融通がきかないんだよね。なんか規則ばかりの教条的で・・・そう思う時点ではまだまだスピリチュアルってしょせんは「宗教」の域を出ないんだと思う。前から思ってたけど、一度スピリチュアルの呪縛から離れてみるのもいいな。

んでもっと多方面から死後の世界を研究して、何かの教えをそのまんまコピペして語るんじゃなくて、自分の理性だけで判断して納得のいく思想・生き方だけを選ぶ、みたいな。無心論者だけど幸せになれた人ってたくさんいるもんね。

誤字「無神論者」だ。 神という観念から自分を解放して、自分の中の良心の声だけに従って生きる、それが一番「自分なりに生きる道」が見えやすいのかも。抽象的で曖昧な言い方だけど、こういう分野のことって毎度毎度うまく言葉にできないもんで。

よーするに「もっと素直で優しい人間になりたい」って思いながら生きれば、それだけで充分道標になるんじゃないかな。

激しく余談だけど、「めあ4歳」は一部の人たちに言わせると 「かわいい女の子になれる教」なんだそうなw ちょwwwおまいらwww笑かすなwwwわたしゃ至って真剣なんだぞ。野菜ジュース吹いちゃったよ弁償してくださいお願いします

霊界の存在は、まぁ間違いなく存在するだろうなと確信してる。 スピから離れるってのは「神仏を崇めまつることを一切やめる」ってこと。 わたしゃ宗教やりたいんじゃなくて、死後の世界がどうなっているのか、 情報は本当かウソかを突き止めたい、ただそれだけ。

だからわたしゃ宗教者じゃなくて研究者なのさ。元々お寺やお宮とかには全然興味なかったしさ。 自分の良心の声に従って生きていくってのは、その時での良心であって、今後の心の修行においての教訓で得たものは、良心に追加されて上書き保存されていくってことね。

これがいちばん最近の考えです。霊界はまず間違いなく存在するだろうな、とは思ってるけど、だからといって盲目的に神仏を崇めたりはしない、ってことで。ましてや聖書や霊訓の内容をそのまま無条件に信じることなどはしない、ってことです。無条件に信じた結果の悲惨な出来事をたくさん知っているので。

なので、その時点での自分の良心と理性で考えて判断して、納得がいったら行動することにしました。

スピと出会って10年間いろいろ研究と体験と実践とおべんきょをして、出た考え方です。こういうスタンスがいちばん気楽に力を抜いて生きていけるかも。

今でも、お寺とかお宮とか、神殿とか礼拝堂とかの神仏関係には、全然興味を持てないもんね。でもそれでいいと思うんです。ただただ「素直で優しい人間になりたい」って思いながら生きていくだけで充分だと思う。それ以上の「自分なりの正しい生き方」って、今のところは見つからないので。

神仏を崇めまつることをやめるってだけで、他は今までと変わりません。スピリチュアルの教え自体は非常に有意義だったので、サイトにも残しておきますし、今後の人生にも生かしていきたいです。守護霊の存在だって忘れたりしません。ただ、スピリチュアルだけに縛られたくないし、相変わらず宗教と名の付くものにだけは入りたくないので、もっと多方面から柔軟に、本当にじゅ~~~なんに霊界研究をしていきたいんです。広くて大らかな視野でね。

だからさー、もっと丸っこくてふんわり平和で柔らかくて可愛らしくてお花がいっぱい咲いてる、女の子のための霊訓とかないの?w みーんなが平和になってぽわ~んと幸せになれるようなの。幼女の心になったまんまでずっと平和に暮らせるような世界。マリーベルの花魔法界のような、ああいう可愛らしい世界に住みたいんですけど死後は。

 

ツイッターの自分のツイートから、今の心境を。

https://twitter.com/ponpon_mouippai/status/883696954802282497

昔の自分がまさにそうだった。私が勝手に作った言葉だけど「うぬぼれ病」だった。あの頃は教祖気取りだったなぁと反省してる。 今は神様は信じてるけど、信じてる自分が偉いなんてことは思いたくもなくなった。 だってめあちゃんいい子ぶってるけど、ほんとはちょいワルなんだもーん。

 

https://twitter.com/ponpon_mouippai/status/883697748251361282

もし、 「あなたは自分のことを善人か悪人か、どちらだと思うか? 善人でも悪人でもない普通の人というのは無しで、善人か悪人かのどちらかを選べ」 と言われたら、迷わず「私は悪人でーす」と答えるだろうな。

 です。神様や守護霊のことは信じてるけど、宗教には関わりたくない。宗教に関わるほどのレベルの高い魂じゃないんですわ私は


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