◇本格的に霊界へ上がり類魂と合流◇


※このページにおいて、所々断定口調になっている部分がありますけど、断定口調のほうが伝わりやすいからそうしているだけであって、妄信しているわけではありません。霊界に行って見聞きしてきたわけではないですし、様々な霊界通信の書籍などから私なりに解釈して個人的な意見を書いているだけですから、私の断定口調を鵜呑みにしないで、ご自分でご判断をお願いします。


前回のエイドスの世界までが地球の大気圏の中にあり、この霊界からは大気圏を越えて宇宙空間での存在になります。言い換えれば、人間界の感覚から脱していく世界ですね。

エイドスの世界(色彩界)での変貌自在の姿、そして色とりどりの純粋美を味わった霊は、既に人間界への執着は完全に捨てていて、未練も何も残っていません。いえ、そういう心境に達するまでが大変で時間がかかるんですけど。

さて、そうした霊はエイドスの世界を卒業して次の界層=霊界(狭義の霊界という意味です)に向かうことになります。類魂という存在を完全に意識しながら、類魂と合流して生きていく世界、それが(狭義の)霊界です。

類魂についてはご存知の人も多いでしょうけど、ご存知でない人もいらっしゃるでしょうから、一応説明しておきます。

まず、ハチの巣が一つあったとします。一匹一匹のハチが一人の霊で、ハチの巣全体が類魂になります。ハチの巣のメンバー全員の考えは「少しでも高い界層に上りたい」ということ。このハチの巣は自分たちの家であって、メンバーたちの考え方も価値観も性癖も何もかも「似た者同士」が集まっています。争いなど起きるハズもなく、完全に一致団結して友好関係を築いている集団です。

これほどまでに自分と同じ考え方や価値観を持っている集団があっただろうか! と驚くような「似た者同士」集団が類魂なんですよね。一つの類魂の中では完全に調和が取れていて、なんと人間界での人生経験をお互いに共有できる場所なんです。解りやすく説明してみましょう。

ハチの巣=類魂全体の向上のために、一匹のハチ=一人の霊が人間界に向けて修行に出かけます。これが人間界への誕生です。そして人間界で寿命が尽きて死んで、霊界の類魂の中にその霊が帰ってきた時、その霊は人間界で勉強してきたことや鍛えた精神などを、類魂内の他のメンバー全員に分け与えて、その経験を共有させてあげて、メンバー全員が「なるほど、そういう勉強をしたのか。大変参考になったよ。みんな、この感覚を忘れないでおこう。人間界への修行ご苦労様、そして本当にありがとう!」と喜んでくれるんですよ。

結果として、類魂内での精神的なレベルが上がって類魂全体のレベルアップになり、その類魂はより高い界層へと上昇できるようになります。

そして今度は別のハチ=霊が人間界へと修行をしに行って、また体験や精神の共有が繰り返され、その類魂は更に上の界層へと上昇します。この「一人の霊が人間界へ修行に出かけていって体験を持ち帰る」ということの繰り返しで類魂の存在と向上が成り立っています。

霊界での類魂の数は無数です。この類魂はこういう考えを持った集団だけど、あっちの類魂は全然違う考えを持った集団といった具合に、類魂単位で見ればタイプは千差万別なんです。でも、どういうタイプの類魂でも「一人の霊が人間界へ修行に出かけていって体験を持ち帰る」という運動は同じように行われています。

「人間界への執着や未練などからは既に脱しているのだから、人間界へ再生することは矛盾があるのでは?」と思う人もいらっしゃるでしょう。でも矛盾は無いんです。なぜかというと、人間界へ再生する目的が、一人の霊のためではなく類魂メンバー全体の向上のため、という目的だからです。そのためには再生はどうしても必要になるらしいです。

それともう一つ、類魂とは別に、その霊個人が人間界に残してきたカルマがありますから、そのカルマを清算するためにも再生する必用があったりします。つまり、一人の霊のカルマの清算+類魂全体の向上のため、という二重の理由があって人間界へ再生するわけなんです。

もっとも、人間界に再生せずに修行をする場合もあります。同じ類魂のメンバーの一人の者が今、人間界に再生して修行を始めようとする時、その者の守護霊になって、人間界に生まれた者を通して間接的な地上体験をすることで、その守護霊も一緒に修行していることにもなり、またその守護霊自身がまだ完全には清算しきっていないカルマの清算にもなるのです。

人間界へ二度と再生したくない私としては、ぜひこの「守護霊になって間接的な修行とカルマの清算をする」という方法でいきたいですね。類魂のリーダー(統括霊)さんから「ワガママを言うな」とか怒られちゃったりして(笑)。

それはさておき、上記のような仕組みで類魂全体が成長していくのですから、一人の霊が人間界へ再生する回数は数回程度で充分らしいです。類魂全体の向上のために一人の霊だけが頑張って再生を果てしなく続けるのではなく、みんなで少しずつ再生して協力し合おう、というかんじですね。

マイヤースによれば、一人の霊が再生する回数は、少ない場合は2回、多くても4回か5回とのこと。たったそれだけの再生でも類魂の成長に充分役立つし、その霊個人のカルマも大体清算できている場合が殆どなので、それ以上は再生する必要はない。あとは他のメンバーが再生して協力してくれる。とのことです。

一人の霊にとってはたった4回か5回の再生でも、類魂の中にメンバーが20人居れば、類魂全体の再生回数は80回から100回にもなるわけです。メンバーがもっと多ければ再生回数も更に多くなるわけで、それを考えると、一人の霊の再生回数なんて少なくてもいいのかもしれません。

さて、もう少し話を広げてみましょう。

類魂内においては、それぞれの霊が精神や立場を共有できます。入れ替えることも可能です。

私たちが今住んでいる人間界では、「自分の精神や立場は自分だけにしか解らないし自分だけにしか実感できない」という感覚ですよね。当たり前すぎるくらいですよね。たとえ他人が「あなたの立場になって考えてみました」と言ったところで、それはあくまでも他人が他人の心を理解するように努力した、というだけのことです。もちろんそれはそれで素晴らしいことなんですけど。

でも、類魂の中に入ると、その「精神や立場の共有」が現実のものとなるんです。

よく漫画やアニメの設定にあることで、とある男の子と女の子が、何かの拍子に精神だけが入れ替わるという設定がありますよね。あんなことが現実に起きるんですよ、類魂の中では。

例えば、同じ類魂の中にメンバーAとメンバーBが居たとします。メンバーAとメンバーBは双方の立場を入れ替えることもできるし、自分の精神状態を保ったまま、更に相手の精神状態も所有できるというわけです。「あなたは私。そして私はあなた。あなたの心は私のもの。私の心はあなたのもの」というかんじですね。

共有できるのは二人だけとは限らず、メンバーが20人居たら20人全員で共有できます。そのうちに、誰が自分で誰が他人かなどということはどうでもよくなってくるらしいです。これはなかなか理解しにくい感覚です。私も実感がわきません。

パソコンにも、LANを使った「共有」というセッティングがありますよね。簡単に考えればそれと同じようなものです。一つのフォルダやデータを複数のパソコンで共有して使う。それの延長線上で考えて、ある人の精神や立場を複数の人が共有できるんです。まさに、「他人の立場になれる」わけです。この感覚は人間界では想像もつかない感覚のために例えるものが少なくて、私自身も完全には理解できていません。解らない部分はフィーリングで捉えてくださいとしか言えません。

「精神を共有する」という概念が解りにくかったら、「心がシンクロする」と思えばどうでしょう?

余談ですけど、人間界で「私の心なんて誰も解ってくれない! 私の立場なんて解るもんですか!」とふてくされている女の子が居たとしましょう。ところが霊界に行って類魂の中に入ってみると、メンバー全員が「ああ、そういう感覚ね。なるほど〜」と、本当の意味で解ってくれるわけなんです。ふてくされていた女の子はポカ〜ンと拍子抜けして、「な、なぁんだ、そんなに簡単に解っちゃうんだ。そうそう、こういう感覚を私は伝えたかったのよ」となるわけです。と同時に、自分の気持ちを理解してくれた類魂メンバー全員の気持ちも女の子は理解できてしまう、ということで。本当の意味で互いに心がシンクロして理解し合える、というわけなんですよ。

ところで皆さんは、夢を見ている時、ふと他人の立場になったような、今(夢の中に居るのは)自分なんだけど自分の感覚じゃないような、そういう気がする時ってありませんか? もしそういう気がしたら、夢の中の誰かと精神の共有をしている、と考えるのもいいかもしれません。

「見た夢の内容と分析」のページでも、これってもしかしたら精神の共有をしている状態なんじゃないかな? と思う夢を何度か見て、分析をしています。絶対にこれは精神の共有だ、という確信はないんですけど…。その夢の中の一つを夢日記から抜粋します。

2010/07/03

外はなぜか雪がたくさん積もっていて、私たちは雪化粧の街を歩いていました。そのうちに見知らぬ土地にたどり着いたんですけど、そこは見渡す限りの大平原で、地平線が見えるんじゃないかというほど広い所でした。

守護霊さんは「もうすぐ仲間がたくさんやって来ますよ」と言ったので、私は「仲間というのはもしかして類魂のメンバーですか?」ときいたんですけど、守護霊さんは黙ったままでした。そして本当にたくさんの人たちがこっちに向かって歩いて来て「さぁ、みんなで手をつないで輪を作りましょう」と言ってきて、私たち全員は大きな輪を作りました。その時の私は、なんとも言えない調和感と一体感を感じていました。言葉では言い表せない満足感でした。「これが“心が通じ合う”ということか」と私は感激しました。

    今は夏なのになぜ街は雪化粧だったんでしょうか? それは解りませんけど、類魂のメンバーかもしれない人たちと心を通じ合うことができたのは大変貴重な体験でした。本当に言葉にできないくらいの、人間界では考えられないくらいの一体感を感じたんですから。

という風に、夢の中で類魂のメンバーだったかもしれない人たちと精神の共有をしたことがあったんですよ。全員の心が一つになるような感覚になって、自分と他の人たちとの区別もつかなくなるくらいの、すごい一体感を感じたんです。あの感覚は忘れられません。

さて、更に突っ込んだ説明をしていきます。マイヤースによれば、霊の世界は、人間界、中間境、夢幻界、色彩界、光焔界(こうえんかい)、光明界、超越界という世界に分かれていますけど、この中の光焔界と光明界が霊界にあたると思ってください。

この(狭義の)霊界の上のほうの界層である光明界には、類魂のリーダー(類魂の統括霊)が居ます。霊界の中の界層を一つずつ上がるたびに、どんどん類魂のシステムを理解していくことができて、遂には類魂のリーダーと一緒になり、今までできなかった「類魂のリーダーとの直接交流」ができるようになります。

この段階まで進化した霊は、もう一個人としてではなく、類魂全体という単位でものを考えるようになります。どうすれば類魂全体のレベルアップに繋がるのか、そればかりをメンバーは考えるそうです。なぜならば、類魂全体がレベルアップしない限り、上のほうの界層「光明界」には上がれないからです。

このように、霊界にまで上がってきた霊は、基本的に類魂全体のレベルアップを基準にして暮らしていくらしいです。

類魂のメンバーの中に、向上心のあまり無い霊が一人でも居れば、類魂全体のレベルアップには繋がらず、類魂のリーダーは向上心のあまり無い霊に対して何度でも向上心を促し、時にはその霊を向上心に目覚めさせるために、人間界に再生させて修行させてくることもあるそうです。霊界では徹底的に類魂全体のことが優先なんですね。

また、この霊界にまで上がってきた霊は、もはや一定の姿かたちは持っていなくて、ただ白い球状の発光体になるそうです。そして必用に応じてどんな姿にもなることができます。

ちなみに霊界では、霊格(魂の成長レベル)に応じて、無限かと思えるほどの界層世界があります。あまり霊格の高くない霊は下のほうの界層に、高い霊格の霊は上の界層に住んでいます。しかし基本的には各界層間の交流はなく、同じ界層の霊たちだけでコミュニケーションをとっています。上の界層の霊が下の界層に降りていって指導をしたり、新米の霊(他界したばかりの人間)の出迎えに夢幻界まで降りていくことはありますけど、これは例外に属します。

それにしても、本当に想像もつかない世界ですよね。いかんせん人間界での感覚をかなり超越している世界が霊界なので、私自身理解するのも、また説明するのも難しいですけど、がんばって研究を続けていきます。

さて、果てしなく長い期間をかけて数え切れないほどの修行を乗り越えて、いよいよ最後に到達するのが「超越界」またの名を「神界」です。


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